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「いじめ防止」どうすれば子供に伝わる?

パラサポWEB / 2024年5月7日 7時0分

「いじめ」が深刻な社会問題としてとらえられるようになったのは、1980年代後半からだと言われている。それから40年あまり、残念なことに問題が解決する兆しは見えていない。そんな中「いじめはあかん!」というストレートなキーワードを掲げ、いじめ防止の出張授業を行っているのが、ジャパンラグビーリーグワンに所属する三重ホンダヒートだ。子どもたちに、何をどう伝えているのか、その熱い授業について取材した。

何があっても「いじめはあかん!」

三重ホンダヒートでは、2017年頃から、主に地元三重県鈴鹿市の小中学生を中心とした出張授業「ヒート授業」を行っていた。これは「ラグビーを通じてチームワークを学ぶ」ことを目的としている。この授業の名前はチーム名の「ヒート」からきているのだが、その由来についてチームの公式サイトにはこんな風に記されている。

~HEATの由来~

全ての原点である心、すなわち気持ちが熱くなければ真の強さは得られない!

そして三重ホンダヒートに関わる全ての人達とその“熱さ”を共に感じたい。

(三重ホンダヒート公式サイトより)

今回の取材でインタビューに答えてくれた「ヒート授業」の責任者・上村素之氏は、初対面でもその熱を感じるほどの熱い男だった。この上村氏こそ、ヒート授業に「いじめ防止」の要素を盛り込んだ張本人だ。

右端、黒いウェアで拳を上げているのが、上村氏

「ヒート授業といじめ防止の活動は2020年頃からやっています。新聞などでいじめが相変わらずなくならないとか、三重県でもいじめを苦にした自殺があったなどというニュースを見て、この問題をなんとかしたいと思うようになりました。ラグビー憲章では『品位・情熱・結束・規律・尊重』という5つの言葉を掲げています。また、ホンダヒートの母体となる本田技研工業(株)のフィロソフィーにも『人間尊重』という言葉があります。僕は人がお互いに違いを認めて尊重しあえば、いじめはなくなると思うんです。ですから、ヒート授業にもいじめ防止のテーマを組み入れて試行錯誤を続けているところです」(上村氏、以下同)

上村氏はいじめ防止に取り組もうと考えたものの、当初は何をどうやって始めたらいいのか悩んだそうだ。そこで、高校時代の恩師を訪ね一緒に山登りをしたときのこと。

「前を歩いていた恩師が突然振り返って『いじめは絶対にあかん!』ってすごい熱量で怒鳴ったんです。それを見て、あ、これやな! と思いました。まずは大人が本気で、『いじめはあかん!』と伝えることだと」

何があってもいじめは駄目だと伝えること、それがいじめ防止のヒート授業の根底にはある。

何を教えるかではなく、どう教えるか
ホンダヒートの選手も一緒になって行うミニゲーム

いじめが駄目だと伝えるのは、当たり前のことだ。しかし、どれだけ多くの大人がそれを本気で子どもたちに伝えているだろうか。上村氏の本気度は想像をはるかに超えていた。ヒート授業は基本的にはホンダヒートの現役選手が5~6人と、上村さんをはじめとするスタッフが鈴鹿市の小中学校を訪れて行う。参加する子どもの人数や学校の状況などによって、内容や授業時間は毎回変わるそうだが、短くても1時間半ほどが望ましいという。授業の内容は、最初に選手と一緒に体を動かすミニゲームに次々とチャレンジ。チーム戦では、作戦会議の時間を設け、結束を深める。その後、いじめ防止を訴える選手による寸劇などを見てもらうなど道徳的な授業が行われる。はたしてそれだけで、子どもは真剣に話を聞いてくれますか? と聞いたところ、上村氏はいきなり「わーー!!」と大声をあげた。びっくりして上村氏を見ると「ね、僕のこと見るでしょ?」と満面の笑み。

「まずは、『こんにちはー!』と元気よく挨拶したり、『わっ!』と、子どもたちが驚くような声を出したりしてこちらに注意を引き付けます。注意がこちらに向いたところで、授業の冒頭に、一流の人間を目指さなあかんという話をします。一流と二流の違いは、一流の人は失敗した時に『なにくそ!』って考えて次に向かう。でも、二流の人間は、失敗した時にヘラヘラ笑ってごまかす。そういう人には成長はないし、5年後、10年後に、一流と二流では大きな差がつくと。だから、今日の授業も一生懸命本気でやって一流を目指してください、と話すんです」

これを文字で読むと「へえ、そうか」くらいにしか思わないかもしれないが、取材中に関西弁で語る上村さんの口調はとにかく元気で熱い。この熱い語りを聞いた子どもたちは、冒頭で心を掴まれるようだ。実際、ヒート授業を受けた子どもたちの感想の中にはこんなものがあった。

■一流選手と二流選手の違いについて教えてもらえて、なるほどと思いました。(鈴鹿市立府小学校 3年生)

■僕は失敗をしてしまうと笑ってごまかすような二流でしたが、失敗をしてもチャレンジをするような一流になれるように頑張ります。(鈴鹿市立 大木中学校 1年生)

互いを尊重しあえたら、いじめはなくなる
子どもたちが会場に入ってくるところから、タッチで出迎えるホンダヒートの選手たち

こうして心を掴まれた子どもたちは、その後、選手たちとさまざまなミニゲームに真剣に向き合うのだが、選手たちの態度も熱い。

「どんなゲームをやるのか、コンテンツは事前に用意したものですが、その都度、自分たちのエッセンスを込めなあかんよ、と選手たちには言っています。子どもたちが真剣に思いっきり体を動かせるように、この人たちともっと関わりたいと思えるくらい自分のエッセンスを加えてくれとお願いしているんです。選手はやらされているんじゃなくて、決められたコンテンツ以上のことをやろうと自分自身から積極的に取り組もうとする文化がチームの中に醸成されてきています。胸を張ってみんなに自慢したいくらい、選手たちもどんどん成長していると思います」

大人からただの道徳として「いじめはいけない」と指導されたとして、どれだけ子どもたちの心に響くだろうか。一方、たった1時間とはいえ真剣に自分たちに向き合い、一緒に夢中になって体を動かしてくれた大人に言われたら? ましてそれが、地元を代表するラグビーチームのスター選手たちで、たとえ試合に負けても「なにくそ!」と次へ向かっていく一流の選手だったら? 上村さんはいじめをなくすには、「互いを尊重することだ」という。子どもたちは互いを尊重しあうラグビーの精神を持った選手たちとの熱い触れあいの中で、自然と尊重することの大切さを学んでいるようだ。

ラグビー選手の強みである体格、力を使ったミニゲームで子どもたちの心を掴む

「うちの選手たち、すごいんですよ、ほんとやばいです(笑)。本気度が年々あがっていって、単に社会貢献活動だからではなくて、熱意を持って取り組んでくれています」

そう上村氏が手放しで称えるホンダヒートの選手たちは、ひとつとして同じ状況が訪れない試合の中で、毎回自分で状況判断することを迫られる。ヒート授業でもそれが活かされているのだという。

「人とのつながりって、関わりを持った時に状況判断するしかないんですよ。選手たちには子どもたちの様子を見て、ハイタッチするなり、グータッチするなり、笑顔で話しかけるなり、その時その時で自分たちで考えてやってくれと言っていますが、選手たちは、ちゃんと子どもたちを見て対応してくれています」

選手たちの人間性を通して、心を動かされる子どもたち
体を動かしたあとは、選手によるいじめ防止の寸劇などが行われる

こうした選手たちとの本気のゲームを楽しんだ後に、いじめ防止の話を聞けば、当然子どもたちの受け止め方も違ってくる。中には授業を体験して感動し泣き出す子もいるという。ヒート授業を通して、上村さんはスポーツの力、ラグビーの力を感じるそうだ。

「授業を通して子どもたちは、選手の人間性を感じ取ることもあると思います。品位・情熱・結束・規律・尊重を軸に持ったラグビー選手、一流のラグビー選手が関わりを持つことによって、こういう兄ちゃんになりたいなー、こういう大人って素敵やなーと感じてもらえるように、我々も一生懸命やっています」

一流のスポーツ選手はプレーを通して、多くの人の心を動かすことができる。ヒート授業を受けた子どもたちの感想には、単純に「楽しかった」「体を動かせてよかった」というものが多いが、やはり選手に対する尊敬や親しみ、そして選手から教えてもらった「いじめはあかん!」という言葉が印象に残ったという意見も多く見られる。

■最後の「いじめはダメ!ONE TEAMで」ということで、改めて仲間が大事だということがわかった。(鈴鹿市立 大木中学校 1年生)

■今日学んだことは改めていじめはだめだと思いました。印象に残った言葉は「全力でやると楽しい」という言葉です。(津市立 養正小学校 4年生)

■タックルが強くてびっくりしました。選手の話で、暴力は体だけじゃなく心にも傷ができるという言葉が心に残りました。(津市立 明合小学校 年次不明)

ヒート授業を鈴鹿市の文化に
いじめ防止授業に参加したホンダヒートの選手の皆さん

上村さんは今後、もっとホンダヒートが子どもの教育に役立てるようになるといいと考えている。

「たとえば、学校の先生になる人たちに向けて、社会に出た時に何が大事なのかを考える、新人研修のようなものを実施するとか。鈴鹿市の小学4年生はヒート授業を受けることを義務化するとか。授業を受けた子どもたちが大人になって、自分の子どもがヒート授業を受けたという話を聞いたとき『私もその授業受けたわ』と、子どもとの会話が生まれる。さらに。その会話からチームワークの大切さとか、本気になることの重要性とか、いじめはあかん! ということを思い出してくれる、そんな文化が根付いたらいいですね。もちろん、簡単なことではありませんが、それが鈴鹿市で当たり前のことになってくれたらと思いながらやっています」


残念ながら今のところ、「これをすればいじめが無くなる」といった特効薬はない。もし、希望があるとすれば、大人たちが本気でいじめ問題に取り組むこと。ホンダヒートの選手たちのように、子ども一人ひとりに本気で「いじめはあかん!」と言える大人、こんな一流の人になりたいと思えるような大人が増えることが、この世からいじめをなくす希望のひとつなのではないだろうか。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)

写真提供:三重ホンダヒート

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