日本人女性が担ったパリ2024大会のレガシー戦略とは
パラサポWEB / 2024年12月26日 7時0分
パリ2024大会では、サステナブルな大会として、さまざまな新しい試みがなされた。大会組織委員会がフランス国内外9人の専門家を「インパクト&レガシー戦略評価監督委員会」に任命したこともそのひとつだ。そこで、9人のメンバーの1人、日本スポーツ振興センター(JSC)副主任研究員の山田悦子氏に、改めてオリンピック・パラリンピックにおけるレガシーと、パリ2024大会が残したインパクトについてお話を伺った。 ※本シリーズ「パリ2024大会とボランティア」は、日本財団ボランティアセンターとのコラボレーション企画です。
今の時代だからこそ必要なレガシー戦略エッフェル塔のふもとには仮設のスタジアムが設置され、オリンピックではビーチバレー、パラリンピックではブラインドフットボールが行われた(写真はパリ2024パラリンピック、ブラインドフットボールの試合の様子) photo by AFLO SPORT
オリンピックでレガシーという言葉が使われるようになったのは、1956年のメルボルン大会からだと言われているが、オリンピック憲章に文章として明記されたのは2003年のこと。では今回、山田氏たちが託されたレガシー戦略とは、どういったものなのだろうか。
「オリンピック・パラリンピックにおける開催国、開催都市の第一の役割は、選手たちが4年間トレーニングしてきたことを十分に発揮できるような舞台をしっかりと準備し整えることだと思います。とは言っても、開催には莫大な資金が投入されるというのも事実です。それなのに、スポーツが好きな人、開催国の人だけでなく、大会に何の関わりもない人、スポーツに全く関心のない人に、どういった利益が還元されるのかということは、なかなか重要視されてきませんでした。どこかの一企業が行うのであれば選手ファーストや商業的な利益だけを追求してもいいのですが、国費も投入するわけですから、単に選手や関係者たちだけの大会であるべきではないという点が、最近は重要視されてきています」(山田氏、以下同)
過去には大会を開催することでその地域が発展する、経済的な利益がもたらされるということで、招致に積極的な国や都市が多かった。しかし時代が移り変わり、最近ではオリンピック・パラリンピックの招致に手を挙げる国や都市が少なくなってきたのも事実であり、そのため異なる視点から大会の意義を見出すことが必要だと山田氏は言う。
「経済効果だけではなく、社会的、環境的にどういった利益があるのか、市民にとってどんなメリットがあるのかということをしっかり打ち出していこうとしているのが、レガシー戦略となります」
パリ2024大会の大きな2つの柱ペットボトル削減のため、パリ市内に1200ヵ所も設置された無料給水スポット photo by Shutterstock 競技場の近くでは大会のマスコット、フリージュのウォーターサーバーも見られた photo by AFLO SPORT
パリ2024大会で打ち出されたレガシー&サステナビリティ戦略の中には、大きな2つの柱があったそうだ。
「1つは『より持続可能で革新的な大会の実現』、もう1つは『パリ大会の社会的・環境的レガシーの構築』です。前者は気候変動への対応やサーキュラーエコノミー(循環経済)といった、環境や経済、社会開発などが開催地域の住民の生活向上に資するような大会にしていこうというもの。後者は身体活動やスポーツの重要性を人々に認識してもらい、スポーツへのアクセスを増やしていきながら、教育の中でスポーツも用いていくこと。あるいはスポーツをインクルージョンとか連帯平等促進のために活用していき、環境に配慮したイノベーションを加速させる機会を作っていくというものです」
この2つを柱として、実にさまざまな試みが実施された。
サステナブルな会場:競技施設の95%は既存または仮設の建物を使用。100%再生可能エネルギーを使用した。
ジェンダー平等:出場選手、ボランティアスタッフなど関係者の男女比率を50%ずつにするという目標を掲げた。
観客も環境に配慮:使い捨てプラスチックの削減のため、マイボトルに無料で給水できるスポットが1200ヵ所以上設置された。また、観客の移動手段を公共交通機関・自転車・徒歩に限定し、移動による二酸化炭素の排出量を削減した。
これは、目に見えるわかりやすい事例だが、その他にもレガシー&サステナビリティ戦略に基づく多種多様な試みがなされた。
レガシー戦略は招致段階から始まっているパリの貧困地区と言われるエリアに建設された選手村。大会終了後は、低所得層や学生向けの集合住宅、オフィスに生まれ変わる予定 photo by AFLO SPORT
「インパクト&レガシー戦略評価監督委員会」と聞くと大会が終わったあとの仕事のようなイメージだが、山田氏は大会よりも2年も前の2022年7月に任命されている。山田氏はオリンピックやパラリンピックのレガシーを遺すためには、その後の意識も大切だが、招致の段階からレガシーを計画の中心に据えていこうという意識や、そこから生まれたコンセプトを準備段階からしっかりと関係者間の共通認識とすることが重要だという。パリ2024大会では、それがしっかり出来ていたことが、大きな成果に繋がっているのではないかと分析する。さらに山田氏が重要だと考えるのが、開催国や都市の事情に合わせた計画を立てるということ。
「たとえばパリ2024大会で選手村が置かれた場所は、地元では貧困地区と言われるエリアです。そうした場所や地元企業に還元していくために、大会をどう設計すればいいのかということが、今大会では重視されました。今まではサプライヤーやスポンサーには、誰もが知っているような大企業がなるというのが一般的でしたが、そうではなくてもっと地元の企業にも開かれたものにしようということで大会が設計されました。そのひとつが、地元のさまざまな企業が利用できるプラットフォームです。大会関連の契約にはどんなものがあって、自分たちが関われるものがあるのか、入札に参加するにはどうしたらいいのか、そういったことを知ってもらうためのプラットフォームで、中小企業や零細企業でも、入札に参入できるように情報やアドバイスを提供しました」
その結果、パリ大会のサプライヤーの90%がフランス企業で、75%が零細企業と中小企業という驚異的な結果となった。このプラットフォームは大会後も残され、今後パリで大きなスポーツイベントなどが開催されるときにも活用される予定だという。
「こうしたプラットフォームも無形のレガシーを有形化していくという1つの事例で大きな財産となっていくと思います。開催地によって取り組んでいくべき課題は違ってくるので、早い段階から課題をきちんと特定し、その課題に対応するためにどういったレガシープランが必要なのかを検討して設計していくということが、とても重要になってくると、改めて実感しました」
大会ボランティアがもたらしたレガシー街中でも大活躍したボランティアスタッフ ©Haruo Wanibe/PK
近年のオリンピック・パラリンピックではボランティアの存在は欠かせないものとなっているが、パリ2024大会でも約4万5000人の募集に対して、日本を始め世界中から30万人以上の応募があったそうだ。今後はボランティアもまた無形のレガシーとなる可能性を秘めているという。
「今大会では、ボランティアも男女同数に近づけるジェンダーバランスを重視しました。なぜかといえば、いろいろな視点からいろいろな意見を出してもらっていい大会にしていこうという考えが根底にあるからです」
そのためボランティアとして参加する人々は事前にジェンダーイシューに関する認識を高めたり、差別への対応について学んだりといったトレーニングを受けたそうだ。
「ボランティアの方々が大会を、単に与えられた仕事をするだけでなく、人として成長する機会として捉えてくれているか、大会後もまたボランティアをやりたいと思ってくれているかどうかということも重要になってくると思うので、そうしたことも今後検証していきたいと思います」
また、今後のスポーツ界の課題としてボランティアだけでなく、運営に関わる人たちが得た知識や経験、スキルをその後にうまく活かせていないことがあると山田氏は言う。
「この大会には、どういったスキルを持つ人が求められているのか。また、あるスキルを持った人がいたとして、その人が大会のどのポジションに適しているのかということが整理しきれていないので、せっかくオリンピックのような大きな大会に携わっても、その後に活かせる道がなかなかないということも課題のひとつです。携わってくれた人たちがキャリアの1つとして、うまくそれを繋げていくためにパリ2024大会では、バーチャルプラットフォームというものを立ち上げました。このプラットフォームでは、例えば、こんなスキルを持っている人は、大会の中でこんな仕事が適切ですよとか、こういう仕事の機会がありますよといったことを明確化できるようにしました。建設関連からスポーツイベントのマネジメント、警備や観光に携わる仕事など、幅広い仕事の情報を掲載しています」
このプラットフォームも先に紹介した中小企業や零細企業向けのプラットフォームと同じく、今後も残るそうなので、これからフランスで行われる大きなイベントでも生かされることが期待される。
「ボランティアをするなら、スポーツの大会だけではなくて他のイベントだってあるわけです。今回はたまたまスポーツイベントだったけれども、パリ2024大会をきっかけとして、今後は他のイベントのボランティアにも関わりたいと思ってもらえたのなら、これも市民参加型のパリ2024大会のレガシーと言えるのではないでしょうか」
山田氏がある取材で「スポーツは自動的に平和につながるものではない」と言っているのを目にした。レガシーにも同じことが言えるのではないだろうか。オリンピック・パラリンピックを開催したからといって、自動的にレガシーが生まれるわけではない。今を生きる私たちが、平和や健康な暮らし、人々の幸福を実現するための課題を意識すること。その課題を共有し、目標に向かってみんなで協力し合うこと。それによって人々が成長することが、レガシーとなっていくのではないだろうか。
PROFILE 山田悦子
日本スポーツ振興センター(JSC)副主任研究員
2014年より国連開発と平和のためのスポーツ事務局(United Nations Office on Sport for Development and Peace、ジュネーブ)で勤務。SDP(Sport for Development and Peace:開発と平和のためのスポーツ)分野の国連事務総長特別顧問の任務遂行をサポートし、国連加盟諸国のSDP政策採用促進に取り組む。国連基金を用いたSDPプロジェクト支援を担当し、公平で客観的な選考過程の構築やプロジェクト・マネジメントやモニタリング・評価の観点から実施組織に対する技術的支援を行う。現職では、SDPを地方自治体の政策や施策、各団体の戦略等に組み込むための普及・啓発・人材育成等に取り組んでいる。『SDGs達成へ向けたスポーツの活用ガイドブック スポーツを通じた社会課題解決のための政策/事業の設計・実施・モニタリング・評価方法』を英語・日本語・スペイン語でsportanddevと共同開発。また、パリ2024組織委員会により立ち上げられた「パリ2024インパクト&レガシー戦略評価監督委員会」の委員へ任命され、活動している。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
key visual by AFLO SPORT
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