理想のまちは、1階の"仕掛け"がキモだった!
パラサポWEB / 2020年9月11日 9時0分
東京の下町エリア、森下駅と両国駅の間にある「喫茶ランドリー」は、ちょっと不思議な空間。ランドリーマシーンのあるスペースを併設した喫茶店なのだが、時には、近所の主婦たちがパン生地をこねていたかと思うと、子連れの女性がミシンをかけていたり、町内会の集まりが行われていたり、車いすの人がお茶をしていることも…と、さまざまな人が、思い思いの時間を過ごせる自由な場所でもある。そんな、多様な人々が思い思いに楽しむことができる空間を作った、建築コミュニケーターの田中元子さんに、この場所の魅力と、これからの街づくりについてお話を伺った。
「誰もが自由に何かができる場所」をつくりたかった「喫茶ランドリー」は「どんな人にも、自由なくつろぎ」というコンセプトのもと2018年1月にオープン。築55年だったビルの1階を改築した広いスペースには、ランドリーマシーンやアイロン、ミシンなどが置かれた家事室と、ゆったりとした喫茶スペースがある。
「ランドリーカフェ自体は以前から知っていましたが、ある時、旅行で訪れたコペンハーゲンで見たランドリーカフェに衝撃を受けたんです。これでよくランドリーカフェと名乗れるなと思ってしまうくらい小さなランドリースペースがカフェの一画にあるだけでした。でも、その密やかなスペースがあるおかげで、スーツを着た人や大学生風の若い人がいる中に、お年寄りや小さな子どもを連れた母親がいて、とにかく老若男女がひとつの場所に、当然のように居合わせていることに感動したんです」と田中さん。
これに対し日本の、特に都心では、Aという店は若い女性向け、Bという店はサラリーマン向け、Cは障がいのある人が利用しやすい店、という住み分けがされていることが多い。これは、店を作るときに念入りなマーケティングをして、ターゲットを絞り込んでいるからだ。
「住み分けは、ビジネスをする側から見れば便利。ですが、消費者が望んでいることではないですよね。私たちは気づかないうちに、住み分けをさせられているんだと思うんですよ。でも、世の中には子どももいれば、おじいちゃんもおばあちゃんもいる、障がいのある方もない方も、外国の方もいる、ごちゃまぜの世界なわけです。共生社会とか、多様性とか言うわりに、ターゲティングされたリアリティのない世界で暮らし続けていて、それはとても不自然だし不健康だなというのが、私の素朴な思いでした」
そこで、田中さんは自身が仕事で手掛けることになった建物の活用方法として、あえてターゲットを絞らず、いろいろな人が自由に、思い思いの時間を過ごせるランドリーカフェを作ることにした。
「私が作りたかったのはランドリーカフェではなくて、コペンハーゲンで見たあらゆる老若男女が同時に居合わせることができる場所です。そのためにランドリーマシーンを置いたと言っても過言ではないです」
「1階づくり=まちづくり」がキーワード集まってパン生地を捏ねる近所の主婦たち ©喫茶ランドリー
オープンして間もなく、田中さんはひとりの女性客から、喫茶スペースの大きなテーブルでパン生地を捏ねさせてもらえないかという相談を受けた。パンを焼く設備がないと答えると、捏ねた生地は近くにある自宅に持って帰って焼くので、捏ねる作業だけで構わないとのこと。それならとスペースを提供したところ、数人の主婦が集まってきて、パン生地づくりが始まった。
「この相談を受けたとき『やった!』と思いました。普通のカフェではできなかったけれど、相談できそう、ここならやらせてもらえそう、と思ってもらえたことが嬉しかったんです」
こうした関係が築けた要因のひとつは、1階にあるということ。目の前を通る人たちから中がどういう空間なのかがひと目でわかる作りになっていることだと、田中さんは分析する。それは、田中さんが代表を務める会社の「1階づくりはまちづくり」というモットーにもつながる。
「建物の4階にコミュニティスペースを作ったり、地下室で子ども食堂を始めたりしても、街の人はそこでいいことが起きていることに、なかなか気づくことができません。街を歩いていて目に入ってくる高さ、つまり1階にあるからこそ興味を持ってもらえるし、そういう場所が1階に増えることが、街をよくすることに繋がると私は思っています」
田中さんが言うように、パン生地を捏ねていた女性たちを見ていた店内の人、店の前を通る人たちに、この場所はこんなふうに使えるんだということが認識され、不特定多数の人に「ここはただのカフェじゃないんだ」と思ってもらえるようになったのだそう。
その結果、ここにはあらゆる相談がもちこまれ、さまざまな使い方がされてきた。壁に閉ざされた空間や、通行人には見えない2階や3階といった場所では、こうはいかなかっただろう。外から見える1階が有意義な場所であるということは、場合によってはチラシを配ったり、SNSで発信したりするよりも、はるかに人の注目を集める効果があるのかもしれない。
目指すのは、私設の公民館!?田中さんは自著の中で、「欲しい公共は自分たちで作ろう」と提唱している
「行政がつくる公民館や公園などの“公共”は、基本的に誰が居てもいい場所ですが、税金を使っているので、あらゆる人を想定した平均的なものしかつくれないという側面があります。だからやってはいけないという禁止事項も多くて、面白みがない、居心地が悪いと感じる人も中にはいるはずです。私は『居てもいい場所=セーフティネット』だと思っています。それなのに、そこがどれも同じような雰囲気で居心地が悪かったら、居場所がなくなる、つまりセーフティネットがなくなるということです。
だったら、いろいろな人が自宅の1階や会社の1階を不特定多数の人のために提供して、私設の公民館=マイパブリックを作ればいいと思うんですよ。そこをファンシーな雰囲気にしたり、ロックな雰囲気にしたりして、いろいろなマイパブリックができれば、誰もがひとつは、私はここに居ていいんだと思える場所ができるはずですよね」
近年、にわかに注目を浴びるようになったSDGs(※1)の17個の世界目標は、「誰一人取り残さない」という理念のもとに考案されたものだが、この「誰一人」という定義についても、田中さんはマイパブリックが役立つと言う。
「たとえば近所のマンションに、地縁がなく、毎日ひとりぼっちでコンビニのお弁当を食べて、あとは死ぬのを待つだけというおばあちゃんがいるとします。海や山を守ることも、ジェンダー平等ももちろん大切ですが、それよりも、彼女の今の孤独を救うことが先だと思うんですね。そうした身近な問題を解決できなければ、『誰一人取り残さない』ということが、自分ごとにならない。自分ごとにするためには、住み分けをするんじゃなくて、孤独な人、女性や子ども、ビジネスパーソン、障がいのある人、そういった多種多様な人が交ざり合って、リアリティを感じることが大切です。それを可能にするのが喫茶ランドリーのような場所だと思っているし、そうなることを目標にしています」
今日からすぐできるマイパブリックは?©︎喫茶ランドリー
マイパブリックの持つ可能性や重要性については、よくわかったが、いますぐ私たちが自宅の1階を開放して不特定多数の人にマイパブリックを提供するのは難しい。私たちにも、できるマイパブリックは何かないだろうかと田中さんに尋ねたところ、面白い答えが返ってきた。
「私が思うマイパブリックの最小単位は、大阪のおばちゃんがバッグにしのばせている“飴ちゃん”です。あの飴は、自分のためだけのものではなくて、友達のためとも限らない。今日会うかもしれない、誰か知らない人のためでもあるんですよ。『飴ちゃんいる?』と言って知らない人に渡すあの習慣こそ、誰かが何かを無償で提供するマイパブリックの最小単位。ハンドバッグの中に公共を忍ばせているって、私は言うんですけど、とても素敵な慣習だなと思います。挨拶をするとか、飴ちゃんを渡すことで、知らない人や社会というものの手触りをリアルに感じることが、マイパブリックの収穫ですから、まずはそこから始めてみたらいいんじゃないでしょうか」
昨今、これからの時代はD&I(※2)社会と言われ、少し難しく考えていたが、この場所で田中さんの話を聞くうちに、とても単純でシンプルなことに思えてきた。わざわざ専門の本を読んだり、多様性について考える会合に出かけたりしなくても、こういった不特定多数の人が集まり、自由に振る舞える場所に出かけることが、D&Iな社会づくりへの第一歩になるのではないだろうか。そこで、年齢や職業、国籍や障がいのあるなしに関係なく、自分とは違うあらゆるタイプの人がいるという、当たり前のことに気づくこと。そうして多様性を認め合うことが、幸せなまちづくりに繋がるのかもしれない。今日からバッグに飴をしのばせてみようと思う。
※1 SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標で、17のゴール・169のターゲットから構成されている(外務省HPより)。 ※2 D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)= ダイバーシティとは多様性、インクルージョンとは包括・包含の意。マジョリティ(多数派)やマイノリティ(少数派)を区別せず、あらゆる全ての人を含んだものの見方や考え方。
喫茶ランドリー
東京都墨田区千歳2丁目6−9 イマケンビル 1F
https://kissalaundry.com/text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Yasuyoshi Yoshiyama
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