「家族」と目指す世界の頂点! 全盲のママアスリート 高田千明
パラサポWEB / 2020年9月16日 9時0分
「やらずに後悔するより、やって後悔」。この精神が、高田千明の前進を支えてきた。先天性の目の病気により20歳を前に全盲となるが、持ち前の挑戦心で陸上競技の道へ。パラリンピック出場を目指しながら、結婚、出産を経験。2度の落選を経てつかんだリオパラリンピックでは走り幅跳びで8位に入賞した。2019年の世界選手権で東京2020パラリンピックの代表を射止めた高田は、表彰台の頂上を目指し、2人のオリンピアン、そして家族とともに研鑽に励んでいる。
リオパラリンピック出場までの苦闘高田が陸上競技を始めたのは、盲学校を卒業し社会人になってからだった。スポーツにいそしんだ盲学校時代と比べ、自宅と会社を往復する日々。「体を動かしたい」。しかし障がいゆえに1人ではできない。盲学校の先生に相談すると、陸上競技を勧められた。当初はパラリンピックを意識することはなく、ただ楽しくて走っていたという。
高田千明(以下、高田) 初めて大会で100mに出場した時に、パラリンピックを目指している選手と知り合って、「それだけ走れるなら、(パラリンピックを)目指してみたら」と言われたんです。記録の水準や競技人口などを聞くうち、やるからには世界を目指したいと思うようになりました。日本代表になれば海外にも行ける。そんな、ちょっとした旅行気分もあったんです。
現在は、100mと走り幅跳びの2種目を専門とするパラリンピックは、2008年の北京、2012年のロンドンと100mの日本代表に落選。1度目は、陸上を始めて時期が浅く、実力を出し切った上での結果だった。だが、結婚、出産を経て、子育てと並行しつつ挑んだ2度目の落選後は、引退も考えたという。
高田 夫に相談すると「最後に決めるのは自分。やらないで後悔するなら、やって後悔の方がいい」と言われて、競技続行を決意しました。
高田の競技生活は、家族の存在抜きに語ることはできない。2008年に結婚した夫の裕士さんも陸上選手。先天性の感音性難聴がある裕士さんは、ろう者のオリンピックと言われる「デフリンピック」に3大会連続で出場している。
高田 夫は家族であり、同志であり、競技実績を競い合うライバルでもあります。大舞台の代表に選ばれたら互いに祝福しますし、実績の上下で喧嘩になることもありますね(笑)。
聴こえない人と見えない人の夫婦ですが、互いの障がいを意識することはあまりありません。自分のできる範囲のことをやって、自然とサポートしあっている。互いに得意、不得意があるのは、障がいの有無に関わらず同じじゃないかな、と思っています。
走り幅跳びへの挑戦とオリンピアンの直接指導全盲の高田は、競技パートナーの大森とともに歩む(写真はリオパラリンピック)
現在メインで取り組む走り幅跳びを始めたのもロンドン後からだった。高田が「自分の一部」と話すガイド(走行や跳躍で視覚障がいの選手を導く役割)の大森盛一さんは、1996年アトランタオリンピックで1600mリレー5位入賞のメンバーでもあるオリンピアン。ただ、幅跳びを始めた当初は、2人とも手探りだったという。
高田 何も見えない状態で、大森さんの声を頼りに1人で走って跳ぶという恐怖に、まずは打ち勝つ必要がありました。大森さんには「自分でやると決めたんだから、絶対に『怖い』って言うなよ」と言われていましたが、それでも怖いものは怖い。なかなか思い切り跳べず練習中は喧嘩ばかりしていました(笑)。大会では根性で跳んでいましたが、練習中の恐怖が消えるまでは6年くらいかかりました。
苦心の末に出場を勝ち取った2016年のリオパラリンピックでは、走り幅跳びで8位入賞。大会後、高田は東京大会での躍進を見据え、跳躍フォームの改良に取り組み始めた。師事したのは、走り幅跳びの日本記録保持者で、2008年の北京オリンピックに出場した井村久美子さん(旧姓:池田)。縁をつないだのは、大森さんだった。
高田 当時の自己記録はリオで出した4m45でした。その時の動画をクミさんに見せたら、「この跳び方でよく4mを超えられますね」と言われて、ワオって感じ(笑)。それから毎年2月か3月に、三重県の「イムラアスリートアカデミー」に大森さんと出向いて、クミさんから直接、幅跳びの指導を受けることになりました。
走り幅跳びの挑戦は見えない状態で跳び、着地する恐怖があった(写真はリオパラリンピック)練習では、大森さんが手拍子で刻む15歩のリズムに合わせて高田が跳ぶ。それを見た井村さんは、高田に自分の体を触らせて“動きの型”をイメージさせる。高田はその感覚を頭に浮かべながら跳ぶ。これを繰り返した。1日に100回以上跳ぶこともあったという。
高田 感覚のすり合わせがリアルタイムでできる練習は新鮮で楽しく、時間を忘れて跳んでいました。クミさんにとっても、全盲の選手の指導は初めての経験。最初は遠慮がちでしたが、今は慣れてきて、時々私が見えていないことを忘れられることもあります(笑)。
井村さんの指導と高田の感覚が噛み合ってきたのは、2019年の夏からだった。7月のジャパンパラ競技大会では走り幅跳びで4m60の日本記録をマーク。11月にUAEのドバイで行われた世界選手権では4m69とさらに記録を伸ばし、4位に食い込む。4位以上に与えられる東京パラリンピックの代表内定をつかむ快跳躍だった。
リオ後、4年計画でフォームの改善に取り組んでいるという 大会延期。増えた家族との時間2020年3月24日、新型コロナウイルスの影響により、東京パラリンピックの延期が決定した。高田も、拠点にしていた大学のグラウンドが使えなくなるなど、練習への影響も大きかった。
高田 6月半ばからは、だんだんと通常のメニューをこなせるようになってきました。でも、これまでは大森さんが代表をしている陸上クラブの子どもたちと一緒に走っていたんです。成長期の中学生たちと走るのは刺激的な良い練習で、スプリント力も伸びました。今はクラブとして集まるのが難しいので、濃い練習はまだまだできない状況ですね。
(大会延期に関して)大森さんとは「仕方ないよね」と。跳躍フォームを身体に擦り込む時間が増えたと考えることにしています。練習場所の確保がこれまでより大変になり、大森さんには負担をかけてしまっているかもしれませんが、くじけずに、できることをやっていくしかありません。
コロナ禍による変化は家族の中にもあった。夫婦ともに、息子の諭樹くんと自宅で過ごす時間が増えたのだ。諭樹くんは、2人が結婚した2008年に生まれた。今では、高田の試合に駆けつけ、裕士さんとスタンドから声援を送る時もある。
高田 普段は練習や大会などで夫婦ともに家にいないことも多いので、最初のうちは、家を出ようとすると「行かないで!」と寂しそうな顔をすることもありました。それでも、私たちの夢を伝えるうちに「サトキは、大きい大会の金メダルが見たい」と言うようになりました。以前、アジアパラ競技大会で銀メダルを獲ったとき、嬉しくて諭樹に見せたら「金じゃなかったけど良かったね」と言われました(笑)。同じ日本代表の選手に「息子が一番厳しいな」と言われるほどですが、私の一番の原動力です。
結婚して、息子が生まれてから、1ヵ月で練習を再開したので、家族3人の時間は引退したらゆっくり持とうと思っていました。それだけに今は、これまでの時間をギュッと凝縮したような日々です。一緒に食事やお菓子づくりをしたり、家の前で自転車の練習をしたり。コロナで家族の時間をもらえたな、という思いもありますね。
東京パラリンピックで金メダルを目指す高田(写真はリオパラリンピック)2021年8月24日に開幕予定の東京パラリンピック。高田にとって今は、リオパラリンピックの後から4年計画で改善し続けてきたフォームの仕上げ期でもある。「最終目標は、5m台に乗せて表彰台の頂上で大森さんと泣くこと」だという。裕士さんと、中学生になった諭樹くんが見つめる中、歓喜の瞬間を迎えることはできるだろうか。
text by Naoto Yoshida
photo by X-1,TEAM A
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