現代人の運動不足を解決!企業がスポーツ時間を導入するワケ
パラサポWEB / 2020年12月8日 16時55分
新型コロナウイルス対策として導入されたテレワークにより通勤の機会が減ったことで、運動不足を感じている人が多いという。そうでなくとも、もともと忙しいビジネスパーソンは運動不足になりがちだ。そうした中でスポーツ庁が会社員の運動不足を解消するプロジェクトを推進しているのをご存知だろうか? それは通勤時や朝、勤務時間中、終業後、休日などに、企業が主体で運動する時間やシステムを導入しようという夢のような取り組みで、現在では500社以上の企業がこぞって採用し、活用しているという。このプロジェクトの実体はいかに? 詳しく紹介していきたいと思う。
そもそもビジネスパーソンってどれくらい運動しているの?とかく、ビジネスパーソンは運動不足になりやすい。仕事の忙しさから運動時間が取れず、疲労がたまり、その結果、さらに運動を遠ざけてしまう。こんな負のスパイラルに陥ってしまっている人も少なくないだろう。
事実、2019年に実施されたスポーツ庁の世論調査において、20〜50代の働き盛り世代の週3回以上のスポーツ実施率を調べたところ、20代で18.9%、30代で17.5%、40代で20.6%、50代で23.8%という結果が出ており、全世代の平均27.0%を下回ることがわかっている。
さらに「運動不足を感じるか?」という質問に対して、「感じる」と回答した割合も同じく20〜50代が最も高く、20代で78.1%、30代で83.2%、40代で83.4%、50代で82.4%という結果となった。
これらのことから浮かび上がるのは、「多くの人たちは運動を習慣化できておらず、運動不足を自覚しながらも改善できていない」というビジネスパーソンを取り巻く運動環境の実体だ。その理由について尋ねると、「仕事や家事のため」と回答する人が最も多く、働き詰めの毎日が健康的なライフスタイルを遠ざけていることがわかる。
運動不足解消の切り札、「スポーツエールカンパニー」って?しかし、こうした情勢を手放しで見守ることはできないと動き出したのが、スポーツ庁だ。
まず同庁が注目したのが、慢性的な運動不足に陥っている働き盛り世代はほとんどの時間を「仕事」に費やしているという現状だ。ビジネスパーソンであれば当然なのだが、仕事の時間を削ってスポーツのための時間を捻出するのは容易なことではないだろう。「それができるなら、苦労しない」というのがビジネスパーソンの本音だ。
そこで行き着くこととなったのが、「一日の大半を過ごすこととなる職場こそ、ビジネスパーソンがスポーツを親しむ機会を提供するのにふさわしい」という逆転の発想。つまり、運動する時間がないのなら、会社で働いている時間にその機会を設けようと考えたのだ。
そうした経緯から同庁は、2017年より「スポーツエールカンパニー」という認定制度を開始する。従業員の健康増進のためにスポーツをする環境づくりを進める企業を「スポーツエールカンパニー」として認定し、企業にスポーツの実施に向けた取り組みを積極的に行ってもらう土台を作り上げたのだ。
取り組み自体は、社員の健康増進のための試みであれば、スポーツ競技に限らない点も大きな特徴となっている。たとえば、朝や昼休みに体操やストレッチなどの軽い運動をしたり、階段の利用や徒歩・自転車での通勤を奨励したり、スタンディングミーティングを実施したりと、幅広い活動を認めている。
近年、仕事の生産性にもつながる社員の健康は経営上の課題だと認識する企業が増え続けていることもあり、「スポーツエールカンパニー」の認定を求める企業も年々増加。2019年にはなんと533社もの企業が認定を受けることとなった。スポーツ庁の目論見はズバリ当たり、就業時間中に社員の健康をケアすることはビジネスシーンのトレンドとなりつつある。
認定企業のブリヂストンスポーツでは、社員の運動習慣がアップでは、「スポーツエールカンパニー認定制度」は実際にどんな効果をもたらしているのだろうか? 認定企業の一社であるブリヂストンスポーツ株式会社で導入の指揮を執ったAHL事業企画・管理部 AHL事業企画ユニット 課長の井上琢さんにリアルな声を聞いてみた。
スポーツ愛好家たちから圧倒的な支持を得るブリヂストンスポーツが「スポーツエールカンパニー」に認定されたのは、2018年のこと。その背景には、「スポーツ事業を通じて世の人々を健康・幸せにし、夢を提供する」という企業理念を社員自ら体現し、心身ともに健康な状態でより多くの人たちに体を動かす楽しさやスポーツの素晴らしさを伝えていきたいという願いがあったと井上さんは語る。
そうした中で取り入れたのが、年間3日間のスポーツ休暇制度の導入、「健康的な会議室」やコンディショニングスペースの設置、社内でのボッチャ体験会の開催など。いずれも従業員へスポーツを通じた健康づくりの機会を提供することが目的だ。
「これまでも社内で健康に関するセミナーなどは開催してきたんですが、参加者はいつもリテラシーの高い人ばかり。本当に参加してもらいたい不健康気味の社員にはなかなかリーチできていませんでした。であれば、会社のいたるところに健康を増進する仕掛けを施そうと知恵を絞ったんです」(井上さん)
「健康的な会議室」での実際のミーティング風景(写真は2018年12月に撮影されたもの)写真提供:ブリヂストンスポーツたとえば、普段使う会議室を一新して作り上げた「健康的な会議室」では、通常の椅子の代わりにバランスボールを導入している。インナーマッスルを鍛えることで姿勢を整える効果やダイエット効果があると、社員からの評価も上々だ。事実、「健康的な会議室」の設置後に、自席でもバランスボールを愛用する社員が現れるなど、効果を発揮しているそうだ。
コンディショニングスペースを活用する社員の方々(写真は2019年11月に撮影されたもの)写真提供:ブリヂストンスポーツまた、社員であればいつでも誰でも利用できるコンディショニングスペースでは、整形外科や治療院でも導入されている本格的な動的ストレッチマシン「Hogrel(ホグレル)」をはじめ、ストレッチポールやフォームローラーなどを設置。「ちょっと肩が痛いな、腰が痛いな」といったときにいつでもケアができると、これまた社員による評判も高いという。
社内でも盛り上がりを見せたボッチャのOffice de Boccia 出場(写真は2019年9月に撮影されたもの)写真提供:ブリヂストンスポーツ就業中に行われた、パラスポーツの人気競技、ボッチャの体験会は、日本代表チームも参戦する東京カップの出場へとつながり、最終的にはボッチャチームを有する企業との交流にまで発展したそうだ。こちらは対外的なコミュニケーションという意味で大きな効果を上げてくれたと井上さんは語る。
「こうした一連の取り組みは、社員の運動や健康に対する意識を変えてくれました。そのわかりやすい例が、毎年行なっている社員への健康意識調査の結果です。『スポーツエールカンパニー』に認定されたばかりの2018年の調査結果では、運動習慣を身につけている社員は男性で24.7%、女性で20%という低い結果でした。しかし、今年の調査結果では、男性が47.8%、女性が33%と飛躍的に上昇しました。男性は約2倍に、女性は1.65倍になったことになります。厚生労働省が掲げている目標が、男性が36%、女性が33%ですから、しっかり達成できたことも嬉しく思いましたね」(井上さん)
動画の講師は、グループ会社でスポーツスクールを運営するブリヂストンスポーツアリーナ株式会社のインストラクターが務める写真提供:ブリヂストンスポーツそして、コロナ禍にある現在では社員の出社を控えていることから、オンデマンドで自宅視聴できる軽運動の動画を制作してブリヂストングループのポータルサイトへアップロードするなど、施策にも工夫を凝らしている。「会議室で行うセミナーには恥ずかしくて参加できなかったが、自宅で取り組める運動であれば参加しやすい」といった声も多く、参加率も大幅にアップし、グループ会社の社員からもお礼の言葉をもらったそうだ。
「スポーツエールカンパニー認定制度」は社内にいい影響をもたらしてくれたと井上さんは断言する。感触としては、仕事のパフォーマンス向上にもつながっており、職場の活性化が図られたのではないかというのが井上さんの総論だ。
企業が本気でスポーツ時間に取り組めば、国民全体が健康になれる?日本有数のシンクタンク機能を有する日本総合研究所がスポーツ庁の委託事業として、2018年度に認定されたスポーツエールカンパニー企業(347社の内、回答は193社)を対象に、「企業が従業員のスポーツ実施に取り組むことの効果」を検証した調査結果も興味深い。(調査期間:2019年10月23日~11月5日)
それによれば、週に1日以上運動・スポーツを行っている従業員の割合が50%以上と回答した企業・団体が全体の39%(75社)となり、2018年度の24%から15%上昇。また、この取り組みにより、社内のコミュニケーション活性化が向上したと実感している企業・団体が2018年度に比べ約5ポイント上昇したという。
職場でスポーツを行う環境を提供するということは、単にスポーツをする機会を増やすだけでなく、スポーツに前向きに取り組める雰囲気がつくりあげられていく。結果として、働き盛り世代を中心にスポーツを楽しむ人たちが増え、経営上もプラスに働くだけでなく、その家族への波及も含め、国民全体の健康向上へと繋がっていくことが、企業が導入するスポーツ時間のもたらす一番の効果といえるだろう。
仕事にも負の影響を与えてしまう慢性的な運動不足は、ビジネスパーソンの抱える深刻な問題のひとつだ。その解消への大きな一手として重要な役割を果たす「スポーツエールカンパニー」のような制度は、新しい働き方を模索するこれからの時代こそ、より一層注目を集める試みとなるかもしれない。
text by Jun Takayangi(Parasapo Lab)
photo by shutterstock
参考資料:令和元年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」
アンケート資料提供:日本総合研究所
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