ロシア特殊部隊に伝わる「強い心と思考」のつくり方
パラサポWEB / 2021年1月18日 14時21分
「戦場」という極限状態で生き残ることを目的として考案されたロシア軍特殊部隊の教育メソッド「システマ」は、ストレスフルな社会を生きる現代人にとっても学びが多い。前編では、システマが武道愛好家や軍隊関係者に限らずトップアスリートやビジネスパーソンまで、さまざまな人に支持される理由や核となる4原則、究極の奥義である呼吸法「ブリージング」について話を伺った。続く後編では、よりメンタルマネジメントにフォーカスした「キープ・カーム」という教えと、新型コロナウイルスによって先行き不透明となった社会の中で、どういった心の持ち方と思考で生き抜いていくかについて、システマ東京の代表で公認システマ・インストラクターでもある北川貴英氏に教えてもらった。
あらゆるストレスに対処できる「キープ・カーム」という教えどんなに素晴らしい能力がある人でも、頭が混乱していたり、極度に緊張していては、その力を存分に発揮することはできない。そのため、システマでは心が落ち着いた状態にあることを重要視し、それを「キープ・カーム」という教えとしてわかりやすく説明している。
「カーム(Calm)」とは直訳すれば、穏やかなとか、静かなという意味だ。「キープ・カーム」とは、自分の心を風の凪いだ海のように安定させ、多少のことでは動揺しない状態で維持することを表している。
「私たちは朝から晩まで、1日中、無意識のうちに心を揺さぶられています。朝のニュースで不幸な事件を見れば、心が傷むでしょうし、会社に行って嫌な人間関係を目にすれば、気分がどんよりと沈みます。喜怒哀楽、さまざまな感情がものすごいスピードで湧いては消えていっているのです。それはまるで荒れ狂う海に浮かぶ小舟のようなもの。この事実に気づき、風の凪いだ海のように落ち着いた、本来の心の状態を取り戻すことが『キープ・カーム』の目的です」(北川氏)
公認システマインストラクターの北川貴英氏。システマの思想を体現したかのような落ち着いた語り口で、わかりやすく説明してくれたでは、どうしたら「キープ・カーム」を実践することができるのだろうか? そのキーワードは「回復」にあると北川氏は語る。
「日本では、泰然とした心の境地を『不動心』と言いますが、システマではまったく心が揺れ動かない状態だけでは不十分だと考えています。なぜなら、どんなに鍛え上げても、心は動いてしまうものだからです。では、どうするか。動揺を感じたら、それが軽微なうちにすぐに対処し、もとの精神状態へ回復させるのです。そうすれば、負の感情が思考へ与える影響も最小限に抑えることができます」(北川氏)
つまり、動揺は絶対になくすことができないので、それが広がらないよう、早めに対処して、ダメージが軽いうちに心を回復させるというのがコツというわけだ。精神論で語られがちな心の問題を合理的に考えて取り扱うスタンスは、さすが特殊部隊のエキスパートが考案したメソッドといえる。そして、この回復のための対処法にも前編でお伝えしたシステマの奥義「ブリージング」が有効だと北川氏は続ける。
「動揺が小さいうちにブリージングをして回復させるのがシステマの鉄則です。心が揺らぐときには、呼吸が浅くなったり、体が硬くなったり、必ず身体的な変化が生じるもの。こうした兆候を少しでも感じ取ったなら、すぐにブリージングをしてください。ことあるごとにブリージングをしていれば、動揺することは少なくなり、『カーム』な状態を実感できると思います」(北川氏)
システマにストレス耐性の向上を見出す人が多いのは、この「キープ・カーム」の教えがあるからだ。あらゆるストレスに対処できるメンタルマネジメントの手法として、混迷する時代に役立ってくれることだろう。
コロナで一変した社会を生き抜く、システマ的処方箋とは?こうして、その心的効果を中心に紹介してきたシステマだが、新型コロナウイルスにより、失業や生活困窮といった問題も生まれ、いっそう生きづらさの増した現代社会を生き抜く上で、どんな助言をしてもらえるだろうか。システマ的処方箋を順序立てて提示してもらった。
1.「生き延びる」ことを最優先に考える前編でもお伝えしたように、システマが最優先するのが「生き残る」こと。それにはリラックスを心がけ、心身ともに健康であることが大切だ。
「まずはサバイブするということです。コロナ禍で女性の自殺が増えているというニュースもありましたが、直接病気にかからなくても、失業や収入減など、生死に関わるリスクはたくさんあります。そうしたときに、システマでは勝ち負けではなく、『サバイブ』を最優先に考えます。例え一時的に良い結果が出ても、それで力尽きてしまっては生き延びることはできません。人生を超長期戦と考え、常に3割程度の余力を残すのがポイントです」(北川氏)
2.呼吸を観察し、「ブリージング」をする次にすべきは、呼吸の観察とブリージング。心の不調によって乱れやすい呼吸を整えることで、リラックス状態をつくり、普段どおりの力を取り戻す。
「人はストレスにさらされ、緊張状態にあると、呼吸が浅くなったり、時々呼吸を止めてしまうことすらあります。自分の呼吸を観察して、どのような状態にあるかを把握しましょう。もし、普段と違うと感じたら、前編でご紹介したブリージングを行います。それだけで心身がリセットされ、これまで思いつかなかったような打開策が見えてくることもあります」(北川氏)
3.心と体に変化が生まれたことを確認する呼吸には、心身の調子を整える自律神経系のシステムに働きかける力がある。ブリージングにより、コンディションが整ったかどうかを確かめることが大切だ。
「自律神経系には、活動的な働きをもつ交感神経とリラックスする働きをもつ副交感神経があり、この2つがバランスよく切り替わるのが本来の人間の姿です。しかし、ストレスにさらされ、緊張状態が続くと交感神経のスイッチが入ったままになり、体を休めることができません。ブリージングの呼気には副交感神経のスイッチを入れる効果があります。心が静まり、体が癒されたどうかを自身で意識的に確認してみてください」(北川氏)
4.いつもよりも時間をかけて、「ゆっくり」やる「ゆっくり」というのもシステマの大事な行動原理だ。その理由は、それだけで多くの気づきを得ることができるから。大切なことを見落とす心配もなくなる。
「人の精神状態は、テンポにわかりやすく現れます。脈拍だったり、話す速度だったり、呼吸のスピードだったり。緊張するとそれがだんだん速くなってくるものです。ゆっくりするというのは、こうしたテンポアップを整えるための行動です。普通に感じるかもしれませんが、ストレス下にある人は、その普通ができていないのです。自分が直面している危機も、ゆっくり、冷静に分析すれば、解決策が生まれるということも多々あります」(北川氏)
5.恐怖心の正体を「知る」ゆっくりやることで、普段の落ち着きを取り戻したら、ストレスの原因となっている恐怖心がなんなのかをじっくりと観察する。戦場で身の安全を確保できるのは、洞察力があり、注意深い人だという。そのため、システマでは「知る=観察」というプロセスも非常に大事にしている。
「人は知らないことに恐怖心を抱くものです。そして、恐怖心は人の視野を狭め、さらなる恐怖心を植え付けるという負のスパイラルを巻き起こします。パニックになってしまい、どうしていいかわからないという人は、この悪循環に陥ってしまっていることがほとんどです。そのため、まずは取り巻く現実を受け入れ、自分が何に恐れているか、じっくり観察しましょう。たとえば、コロナウイルスへの感染を恐れているなら、確実なソース元の文献をあたり、正確に理解することでその対策が見えてくるはずです。仕事がなくなってしまい困っているなら、職を探せないか、または自分自身で仕事をつくれないか、などできることを徹底的に調べてみることです」(北川氏)
6.腕立てやウォーキングなど、体を動かす最後は、システマ4原則のひとつ「動き続ける」にもつながる体を動かすという行為。その目的は心身の停滞を防ぐことだが、思考や感情といった目に見えないものは動いているかを確かめようもない。そのため、システマでは体を動かすことで心に働きかける方法をとっている。
「心が凝り固まっているときには、体の動きも鈍くなっています。腕立てでも、ウォーキングでも、何でもいいから体を動かしてください。すると、気分の切り替えができるようになり、焦りなどの負の感情がなくなっていくことでしょう」(北川氏)
もし、今現在、心身の不調に悩む人がいたら、ぜひこの6つのタスクを順に実践してみてほしい。きっと、驚くべき効果を実感できるはずだ。
創始者のミカエル・リャブコは、学ぶべきことの多さから、システマを「分厚い本」にたとえることがあるという。今回は、ポイントだけを抽出してわかりやすく解説してもらったが、それだけでも目から鱗の発見がたくさんあった。普段、何気なくしている呼吸や姿勢のあり方も、ロシアの武術、システマの手にかかれば、混沌とした今の時代を力強く生き抜く、立派な知恵へと変わる。当たり前のことが当たり前でなくなった今だからこそ、こうしたスポーツ(武術)の知恵を普段の生活に活用してみるのはいかがだろうか。
PROFILE 北川 貴英(きたがわ たかひで)
システマ東京代表。公認システマインストラクター。2008年にシステマの創始者、ミカエル・リャブコ氏より公認システマインストラクターに認定される。首都圏を中心に年間約400コマを越すクラスを受け持つほか、防衛大学校をはじめとする公的機関でも指導。マンガ『アンダーニンジャ』やNHKドラマ『ディア・ペイシェント』では、技術指導を担当した。著書に『システマ入門』(BABジャパン)、『システマ・フットワーク』(日貿出版社)、『逆境に強い心のつくり方(PHP)』など多数。著作「人生は楽しいかい?」がアマゾンAudible総合で1位となる。
この記事の<前編>はこちら↓
コロナで一変した世界を生き抜く! 逆境に強い「心と思考」のつくり方<前編>
https://www.parasapo.tokyo/topics/29983text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
photo by Daisuke Taniguchi, Shutterstock
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