飛躍する陸上競技100mの新星・大島健吾。進化続ける理由とは
パラサポWEB / 2021年3月22日 10時29分
元ラガーマン・大島健吾の行動原理はシンプルだ。「そうしてみたいからやってみる」。陸上競技100mを始めたのも明快で、「義足だったら、どれだけ速く走れるのか知りたかったから」だという。そして、好奇心で突き進んだ3年目の全日本パラ陸上選手権。大島は実力者たちを抑えて初優勝し、パラ陸上界のスター候補に名乗りを挙げた。
ラグビーに夢中だった高校時代大島には今でもよく覚えている幼い頃の記憶がある。生まれつき、左足首から先が欠損している大島は、保育園に通っていたとき、竹馬に乗りたくても、他の園児のようにうまく乗ることができなかった。
大島健吾(以下、大島)でも、どうしたら乗れるんだろうって考えて、他の子より遅かったけど、結局、竹馬に乗れるようになったんですよ。小さいころから、できないことをできるようにすることが好きみたいなんです(笑)。
工夫をこらしているから、義足を履いた足が“障がい”であるという意識も自然となかった。だから、いろんなことに迷わずチャレンジする。三つ子の妹と弟はインドア寄りだが、大島は、森の道なき道を横断して家に帰ったり、どれだけ高いところから飛び降りられるか競ったりと、のびのびと遊んだ。瀬戸西高では、強豪のラグビー部に入部した。
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大島 ラグビー部に入ることにも迷いはなかったです。大学入学後、母に「ちょっと心配してた」と言われて、義足でラグビーって普通じゃないんだなって気づいたくらい。プレー中は、右にステップを切れなかったというのはあるけど、相手にはバレてなかったんじゃないかな(笑)。
ラグビーから学んだことは大きかった。コツコツと練習すれば大きな相手も倒せるようになるし、トレーニングすれば、自分の体が大きく強くなることも知った。体をぶつけ合う激しさ、仲間との交流も好きだった。パラスポーツに出会ったのは、ラグビーに夢中になっているさなかだ。
大島 高2のとき、顧問の先生が、「こういうの、行かんか?」といって、パラアスリートの発掘イベントに連れてってくれたんです。このとき、初めてパラスポーツという世界もあるんだな、僕も競技用の義足を履けるんだなと知りました。
この言葉には、少し説明がいる。じつは大島は、日常生活用の義足でラグビーをしていた。大島の左右の脚の長さは、「10センチあるかないか」(大島)。板バネが機能するための、たわみの幅を十分とれないと思い込んでいた。
大島 でも、イベントにいらした義肢装具士の沖野敦郎さんが「競技用の義足、作れるよ」って。実際にお試し用で走ってみたら、ぴったりじゃなかったら重たかったんですけど、「自分に合った義足をつくったら、どれくらい速く走れるんだろう」と、知りたくなりました。
2016年9月、大島の心に陸上競技という種が蒔かれた瞬間である。その後、大島は高校でラグビーを目いっぱいやり、名古屋学院大への進学が決まったあと、真っ先に沖野さんの工房に向かった。
大学からスプリンターへの道へ![](https://parasapo-wp-prd.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/wp/wp-content/uploads/2021/03/19150155/23841486b64766873c361cde6a9bde0b.jpg)
2018年3月、初めて自分の足に競技用の義足を装着すると、新しい世界が広がった。大島の症例は珍しく、製作は容易ではないという話だったが、無事、ひざ下をソケットで覆うタイプの義足ができあがってきた。
大島 弟を誘って一緒に走ったんです。そしたら生活用義足だと、ちょっと頑張らないとついて行けなかったのに、競技用だと余裕で差をつけられた。レースで走ったらすぐに1位になれるだろうと思いましたね(苦笑)。
ラグビーで培った自信もあった。しかし、この苦笑いが示唆するように、初めての公式戦「愛知パラ陸上フェスティバル」は、今でも「一番悔しかった」と振り返る負け試合だ。優勝した佐藤圭太とは、コンマ82秒差の12秒67で、3位に終わった。この初戦を皮切りに、大島の「どうすれば速く走れるか」という試行錯誤は深まっていく。
大島 陸上を始めて1年目は、全然陸上が分からなかったけど、2年目からは、足が後ろに流れたり、肩が前後しちゃう自分のクセを理解できるようになったんですよ。そこを修正できるようになってからは記録がどんどん伸びて、陸上が楽しくなりました。
大学ではよい出会いにも恵まれた。名古屋学院大の陸上部には、十種競技の元日本記録保持者・松田克彦氏が指導に当たっていた。
大島 たとえば僕が「こういう走りにしたいです」と話すと、松田先生は「どうして」とか「だったら、こうしたほうがいいんじゃない」と、話を聞いて相談に乗ってくれる感じです。すべて「こうしろ」という指導じゃないから、考える力がつきました。日本には、僕のように足が長い選手はいないから、走り方も義足についても自分で考える力がとても大事なんです。
冒頭の竹馬のエピソードからもわかるように、大島の強みは、「考えてなんとかする」という我の強さだ。その思いが“速さ”に向いているいま、大島の思考は、肉体改造、栄養補給、理想の義足の追求と、多岐にわたっている。
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大島 体づくりに関しては、いまはラグビーの影響でボディビルダーみたいな極端な体になってるので、インナーマッスルなどを鍛えて、バランスをよくするようにしてますね。
栄養に関してですが、最近は自炊しています。うちは、きょうだいでごはんをつくっているので、「油ダメ」とかいえないじゃないですか(笑)。食べているのはほとんど低温調理器で調理した鶏肉。鶏肉を揚げないでどうおいしく食べるか、追求した結果です(笑)。わさび醤油やコチュジャンをつけて食べています。
細部にこだわる性格だから、もちろん、2020年1月にできあがった3台目の義足にはずいぶん要望を出した。3台目は、左ひざをすべてソケットで覆うタイプで、左足にかかっていた過重をひざにも少し分散した。板バネの角度をより鋭角にし、装着位置をやや外側にした。
大島 こうすることで外に倒れやすいクセを改善し、安定性も出ました。肩とひざの位置がまっすぐになり、体の揺れを抑えられるようにも。義足自体もやや上につけたので、より大きい力で踏み込めるようになりました。
パラリンピック出場の先に見る偉大なる夢これらの努力を実らせたのが、2020年9月の全日本パラ選手権の初優勝だった。しかし、佐藤やアジア記録保持者の井谷俊介を抑えての栄えある結果で、東京パラリンピックへの期待を膨らませたが、大島は手放しで喜ばなかった。タイムは11秒93。
大島 自分では11秒70で走れる実力があると思っていたから、そのタイムなら2位か3位でもよかったんです。でも、90台で優勝しちゃったから素直に喜べませんでした。
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そんな大島には、井谷のアジア記録11秒47を塗り替えたいという短期目標と、偉大な長期目標がある。
大島 (走り幅跳びの)マルクス・レーム(ドイツ)に憧れてるんです。オリンピックを抜く記録を出せるって、義足と人間の融合じゃないですか。僕も100mでそれをやりたいんですよ。もっと鍛えて義足を使いこなせたら、人間プラス義足の力で、健常の100mより速く走れる可能性がある。現状は義足を使いこなすのだけで大変だけど、僕が先駆けになりたいです。
だから、大島は試行錯誤を止めない。だが、ここで余計なお世話だが少し心配になる。いつも頭をフル回転させて疲れないだろうか。
大島 僕は、音楽を聴きながら、散歩するみたいに気分のままに走るのが好きなんです。去年から学童のバイトも始めたんですけど、子どもたちと鬼ごっこするのとかがすごく楽しいんです。
息抜き法もちゃんと計算に入れているのだ。リモートで応じてくれた取材で、大島の部屋はきれいに片づき、過去の記録証もファイルに整理していた。「24歳くらいのときには、レームに近づいていたい」という夢に向かって慎重に計画を立てている。
text by Yoshimi Suzuki
photo by X-1
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