横浜マリノスが挑む「未来のアイデア」を問う実証実験とは?
パラサポWEB / 2021年6月4日 7時45分
従来からのスポーツ・ビジネスモデルに変化が生じている近年、地域密着を掲げて複数の競技を展開する総合型スポーツクラブの設立が増加の一途をたどっている。とりわけ、その動向が顕著なのがJリーグクラブだ。2002年に湘南ベルマーレが立ち上げた特定非営利活動法人「湘南ベルマーレスポーツクラブ」を皮切りに、セレッソ大阪や東京ヴェルディなど、10以上のクラブも追随。サッカー以外の競技へ進出を果たし、関連スクールの展開も積極的に行うことで、日本のスポーツ文化全体の底上げに貢献している。
そして、こうした流れに呼応するかのように、あの名門「横浜F・マリノス」を運営する横浜マリノス株式会社も昨年の11月に「一般社団法人F・マリノススポーツクラブ」の設立を発表した。各クラブが独自のアプローチで事業を展開する中、横浜マリノスはこのスポーツクラブを通じて、日本のスポーツビジネスの在り方そのものを変革し、新たな道を切り開いていくという。その実現に向け、どのようなビジョンを描いているのだろうか。同法人で代表理事を務める宮本功氏に話を伺った。
あえて、一般社団法人を設立する意義。そこには、Jリーグクラブが抱えるジレンマがあった横浜F・マリノスカップ 第17回電動車椅子サッカー大会の様子。電動車椅子サッカーの魅力を伝えると共に、地域社会の障がい者スポーツに対する理解度、関心度の向上等を目的に開催している(写真は2020年1月撮影)
2019年のJリーグチャンピオンに輝いた「横浜F・マリノス」の運営法人が、昨年11月2日に一般社団法人F・マリノススポーツクラブを設立。スポーツによるサステナブルな地域社会実現に向けた取り組みと世界で活躍する選手の育成の強化を目的に、今年の2月より新たな事業を開始させた。
横浜F・マリノスといえば、これまでも老若男女を問わず、誰にでもサッカーの魅力を伝える「ふれあいサッカープロジェクト」やJリーグ初の知的障がい者サッカーチーム「フトゥーロ」の活動などを通して、地域社会に貢献してきた。あえて、一般社団法人を立ち上げ、事業を推進する狙いはどんなところにあるのだろうか。
「Jリーグのクラブには大きく3つの機能があります。ひとつはスタジアムへの集客を目的とした興業、もうひとつは地域社会との関係性を育みながらファンの方たちと一体になって行うサッカーの普及、そして最後がサッカーの発展に欠かせない選手の育成です。中でも普及と育成は、企業にとっての研究開発部門のような、未来への投資に欠かせない大切な事業です。持続可能な形で継続させていくために、一般社団法人という組織形態を選択することで、さらなる飛躍を目指そうと考えました」(宮本氏)
宮本氏がそう考えるのには訳がある。実はサッカーの普及と選手の育成は、長期的な視点に立てば、将来の収益につながる大事な事業だが、短期的にはすぐに利益を上げられないというジレンマを抱えている。そのため、これらの事業を非営利団体である一般社団法人に集約させることで、勝ち負けという一義的な解釈にとらわれることなく、コツコツと地道に育てていけるというメリットがあるのだ。
「一方で、(株式会社である)横浜マリノスは、これまで以上にチームへの強化費をかけ、AFCチャンピオンズリーグを含めた世界を舞台とするシビアなフィールドでリスクを取って活動していきます」(宮本氏)
屈指のトップチームである「横浜F・マリノス」は従来どおり株式会社で運営し、ホームタウン活動やアカデミー事業、障がい者スポーツは一般社団法人で運営していくというのが、それぞれの役割分担となる。
サステナブルの肝は、経済的・社会的な自立。そのための手段はローカルに潜在するトップチームの選手が港北区内の小学校を訪問して一緒にサッカーを楽しむ「スぺシャルサッカーキャラバン」。子どもたちに体を動かす楽しさやサッカーの楽しさを感じてもらうために行っている(写真は2019年11月撮影)
では、こうした事業をサステナブルに運営していくために、F・マリノススポーツクラブではどのような手段をとっていくのだろうか。そのキーワードは「課題解決型スポーツビジネスモデル」にあると宮本氏は語る。
「未来に向けて持続可能な形態を維持するサステナブルとは、言い換えれば、経済的・社会的自立に他なりません。つまり、これまでの収益源であったチケットや広告の販売に頼ることなく、ホームタウンでの活動や選手の育成、サッカーの普及をテーマに収益を上げていかなければならないということです。その実現に向けて我々が着目したのが、マリノスのブランドやアセット(資産、強み)を活用した地域課題の解決です」(宮本氏)
横浜F・マリノスには20年以上に渡って、ホームタウンの横浜市や横須賀市、大和市へ地域貢献を果たしてきた歴史がある。サッカーを通じてともに夢を共有し、一丸となって地域を盛り上げることで得られたローカルからの絶対的な信頼は、掛け替えのない資産となっているのだ。こうした強みを足掛かりに、パートナー企業と少子高齢化や地元商店街の衰退といった地域課題を解決することで、新しい価値を創造していきたいというのが宮本氏の考えだ。
「日本もSDGsの条件をクリアしなければ、適正な投資先として選ばれない時代へと変わってきました。それは、これまでの我々の活動が評価されやすい世の中になったことを意味しています。そうしたときに、パートナーとして組んでいただく企業様が、これであれば一緒にやっていきたいというモデルをいかに提示できるかが勝負。サッカーというスポーツ軸と横浜・横須賀・大和というローカル軸をテーマに独自の価値を発揮できるのが、課題解決型スポーツビジネスモデルなのです」(宮本氏)
また、こうした取り組みはコロナにより既存のビジネスモデルが通用しなくなったスポーツ業界において、新たなモデルを確立するための試金石になると宮本氏は考えている。経済を活性化させる領域が残り少なくなっている中、国にはスポーツを15兆円規模の産業へ育てていきたいという願いがある。そのためにも、興業以外のあり方でスポーツをビジネスとして成立させるかどうかがいま問われているのだ。
課題解決型スポーツビジネスモデルとは、世の中に「未来のアイデア」を問う実証実験宮本氏は「まだまだ試行錯誤の途中」と語る、この課題解決型スポーツビジネスモデルだが、具体的にどんな施策を打っていくのかは気になるところ。現時点では、JT(日本たばこ産業株式会社)が取り組む社会貢献活動「Rethink PROJECT」や電気通信事業を展開する株式会社フォンテーン、株式会社ECCが運営するECC外語学院や衛星通信事業でお馴染みのスカパーJSAT株式会社などがパートナーとして公表されているが、こうした企業とどのような取り組みを行っていくのだろうか。
「パートナー契約を結ばせていただいた企業様は、それぞれに強みや特性があります。そこに対して、我々はスポーツという切り口で、地域や子どもたちへの接点という強みを生かした提案をさせていただいています。スポーツと異ジャンルのテーマを掛け合わせた新しい取り組みを世に問いかけていく、実証実験に近いイメージかもしれません」(宮本氏)
その中のひとつとして教えてくれたのが、サステナブルグローバル人財育成パートナーとして提携したECC外語学院との取り組みだ。
「F・マリノススポーツクラブが運営する横浜F・マリノスアカデミーの『世界基準によるプロサッカー選手の育成』という理念と、ECC様が建学から掲げる『外国語教授を通じて、近代的なセンスと国際的な感覚を持った社会に実際的に活躍できる有用な人材を育成する』いう理念が一致し、提携に至りました。オンライン英語教室と横浜F・マリノスアカデミーのサッカースクールを組み合わせた学習コースを新たに創設し、オンラインとリアルのスクールをいかにスムーズに接続させられるかという実験にトライしています。子どもにとっては大好きなサッカーを学びながら、英語の勉強もできてしまうとあって一石二鳥。子どもの勉強嫌いが克服できたと親御さんからの評判も上々です。今後はサッカー用語を英語で学ぶスペシャルレッスンなどを開校していき、海外のサッカー中継を子どもたちが生で観戦できるような教育機会を提供していきたいと考えています」(宮本氏)
ICTサービスが普及した現代の教育現場では、生徒ひとりに一台のパソコンが支給され、オンラインを通した学習に励むことがスタンダードになってきている。そこにF・マリノススポーツクラブのもつ「スポーツ領域における絶対的な信頼」と「地域の子どもたちからの憧れ」という強みを掛け合わせ、子どもたちの可能性をよりいっそう広げていこうとする取り組みは、まさしく宮本氏たちの目指す課題解決型スポーツビジネスモデルに他ならないだろう。
サッカーというコンテンツを活用し、「サッカー×○○」という掛け算の思考で事業を展開しようとする宮本氏たちの試みは、スポーツの可能性を押し広げ、スポーツのもつ価値をあらためて考え直させてくれる。もちろん、明確なモデルケースのない、イノベーティブな挑戦だが、F・マリノススポーツクラブが先陣を切ってその代表的な成功事例を提示してくれることを期待したい。
text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
photo by 一般社団法人 F・マリノススポーツクラブ
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