いつものランニングで、一石三鳥の超充足感を得る方法
パラサポWEB / 2021年7月5日 16時32分
ランニングは、タイムをあげることや健康やダイエットのためなど、とかく自分のためにやること、自分ひとりの苦しい戦いとなることも多い。でも、そこに付加価値がついてモチベーションがあがれば、挫折せずに続けられるし一石二鳥どころか三鳥、四鳥にもなる。そんな新時代のランニングを可能にしたのが“パトラン”という活動だ。いったいどんなものなのか、探ってみたいと思う。
街のさまざまな変化に対応するパトランパトラン時は真っ赤な揃いのユニフォームを着用
パトランとはPatrol Running(パトロール・ランニング)、つまり防犯パトロールとランニングを掛け合わせた、新しいスタイルの防犯活動のことだ。福岡県宗像市を活動拠点とする認定NPO法人 改革プロジェクトが事務局となって始め、現在は全国各地にチームができるまでに広がっている。
取り組み方としては、“パトランチーム”と“個人”では異なる。現在はコロナ禍のため変更を余儀なくされているが、チームの場合基本的には20時~23時の夜の活動がメイン。駅や塾周辺など決まった経路を走りながら、帰宅途中の女性や塾帰りの子どもが被害に遭わないよう、主に路上での犯罪被害の抑制に重点を置いて活動中だ。一方個人の活動の場合は、その人の都合に合わせて時間も経路も自由になっている。
「パトランは、犯罪が起きない状況をつくることが主な目的なので、犯罪防止などに役立った事例というのは見えづらく、説明しにくい部分でもあるのですが、たとえば佐賀では夕方に裸足で歩いていた迷子の男の子を保護して警察から感謝状を送られたこともありますし、路上に倒れている怪我人の保護を行ったり、交通事故現場では交通誘導や救急車を呼んだりなど、活動の成果は多岐にわたっています」
と語るのはNPO法人 改革プロジェクトの代表、立花祐平さんだ。
「パトランは、犯罪抑止だけではなく、街の見回りという役目も担っています。どこどこの街灯の電球が切れているとか、路上の欠陥、ゴミなどの不法投棄を目撃した際には、ランニング後に独自の集計ツールを使ってまとめ、行政に報告もしています。何もせずにただ街を歩いているだけでは気づきませんが、目的を持って走っていると街のさまざまな変化に気づきます。そうすれば参加者の地域に対する関心が高まるし、みんなに喜ばれればもっと頑張ろうという気になる。そうして街が良くなっていくことを目指しています」
ランニングに付加価値をつければ大きな力にパトラン中に発見したごみの回収の様子
パトランの運営事務局を務めるNPO法人 改革プロジェクトは、もともと地域の環境を良くしようとして創立されたものだ。
「宗像は僕の生まれ育った土地で、大学時代は東京、就職して大阪に住んでいたんですが、久しぶりに故郷の海辺を見ると、海辺はペットボトルや漂着ゴミが散乱し子どもの頃裸足で走り親しんだ姿ではなくなっていました。そこで自分で何かできないかと思い、友人を誘い3人ぐらいでゴミを拾い始めたというのが改革プロジェクトの始まり、2010年のことです」
つまり立花さんの頭には当初「防犯」というテーマはなかったのだが、一緒に活動していたひとりの女性メンバーが夜間、駅から自宅までの途上で不審者の被害に遭ってしまう。
「その時、ハッとさせられました。宗像は県内でも犯罪が少ない、暮らしやすい街だと思っていましたが、こんな身近なところで犯罪が起こることもあるんだと。僕にはわからなかったけれど、こういうことで生きづらさを感じている女性は結構いるのかもしれない。じゃあ、環境活動以外で、防犯に関することもできないかと始めたのが防犯パトロールです」
改革プロジェクト創立の2年後、2012年に立花さんたちはパトロールを始める。しかし最初は、ただみんなで歩いて回ったり、SNSを利用して防犯情報を発信したりするぐらいの、地道なものだったそうだ。
「でも、それだけじゃモチベーションが続かないんです。防犯活動は、何もないのが当たり前。何もないようにするのが防犯ですから。僕はそれでいいと思っていましたが、参加者としては、そこに何らかのやりがい、目に見える楽しさ、成果のようなものを求めてしまう部分がある。そんなとき、公園をぐるぐる走っているランナーを目にしました。もし、この人たちが街をフィールドにすれば、彼らの目が防犯に繋がる。僕の仲間の被害に遭った女性の近くに、ランナーがひとりでもいたら、それを未然に防げたんじゃないかと思ったんです」
パトランはみんなの「居場所」を作るパトラン発足時の様子(キタキューチーム)
そして2013年1月からパトランの活動が始まった。最初は現在のようなユニフォームもなく、ただ参加者は“それぞれ自由に走ってください”、“30分後にまたここに戻ってきてください”ぐらいの決まり事しかなかったそうだ。すると、メンバー自身が不審者に間違われることがあったり、周囲は決して肯定的な反応ではなかったという。そこで、ユニフォームを作り、隊列を組んで何人以下で走るなどのルール、装着するアイテムを定め、現在のような形になった。
「試行錯誤を続けながら、街の人や警察などにも認知してもらうようになるには5年ぐらいかかったと思います。参加者も最初は普段走ったことのない、運動も未経験な人が多かったのですが、市民ランナーのグループに属する人たちが加わってくれるようになり、活動の幅が広がっていきました。そういうランナーの方は、タイムのため、自分の肉体や健康のためにプラスして、何か社会のために役に立ちたいという思いを持っている人が多いような印象を僕は持っています。だから、パトロールとランニングはうまく結びついたのだと思います」
パトランのWebサイトには、“パトランが生む効果”が5つ挙げられている。
1.街頭犯罪の抑制
2.まちの異変の改善
3.新たな地域の担い手作り
4.地域での居場所作り
5.健康促進
この4に関して立花さんは特別な思いがあるのだという。
「一般の人たち、特に会社で働いている人などは家と職場の往復だけで地元に居場所がないと言う人たちも多いのではないかと思います。そういう人たちがパトランを通じて仲間を得て、コミュニティを作ることで居場所ができる。それが孤立の解消にも繋がっていきます。僕は、防犯はあくまでもパトランをした成果であって、取り組む一人ひとりに居場所ができることが、パトランの本質なんじゃないかと感じています」
実際、うつ病を患った人がチームに加わり、活動を続けていく中で病状が改善され、フルマラソンで4時間台のタイムを出すまでになったというケースもあったのだそうだ。家や職場以外の自分の居場所・仲間ができ、走ることで活力が生まれ、活動へのモチベーションも高まり、防犯や街の美化にも繋がる。まさにこれこそ、パトランが一石二鳥どころか三鳥、四鳥にもなる可能性を秘めていることの証だろう。
コロナ禍のパトランはオンラインで東京チームによるシンクロパトランの様子
パトランは今年1月に開始から8年を迎えた。現在は下は10代の中・高校生から上は80代まで、全国で2100人以上のメンバーがいる。走ることが難しい人は歩きながらごみ拾いに参加(パトランでは、“ごみ”と言わず“星屑”という。つまり“星屑拾い”だ)。しかし、昨年から拡大しているコロナ禍では集団で走るのは難しい。現在はどういう活動をしているのだろうか。
「新しい試みとして“シンクロパトラン”という活動を始めました。これは、ZoomやSNSなどのオンラインツールを使って遠隔で一人ひとりがパトランを行うというものです。たとえば、夜8時に行うと決めたら、8時から5分程度オンラインで参加者が集合ミーティングをして、それぞれパトランを行って30分後にまた集合しましょうと決めるんです。そしてパトラン終了後にはまたオンラインで集まって報告会を行います」
パトランは、人と人との繋がりも大事なテーマの一つだ。だからこそ、コロナ禍でもオンラインで集まって互いに結びつき合いながら活動を継続する。仲間がいることがモチベーションに繋がるため、このようなオンラインの利用は必須だったのだろう。
パトランの事務局として活動するNPO法人 改革プロジェクトは今年10周年を迎えた。その一区切りの時期に立花さんは、組織として今後どうあるべきかを考えたのだという。
2020年に開催したサステナブルフィッシング「当初のテーマは環境問題でしたから、やはりスポーツと環境を両軸として捉えて、今後も両方に力を入れていきたいと思っています。それから、改めて感じるのは身体を動かすスポーツの力です。スポーツは社会活動に参加するための間口を広げる大きな力になるのではないかと。たとえばパトランは“スポーツ×防犯”だし、ランニングしながら星屑拾いをすれば“スポーツ×環境”にもなる。去年始めた“釣り”のイベントは、子どもの環境意識を高めるために開催しました。子どもは未来の社会の担い手ですから、子どもたちに学ぶ機会を持ってもらうのは大事です。そのように今後は、さまざまなスポーツアクティビティを取り入れ、活動を広げていきたいと思っています」
特に都会などに暮らしていると、隣に住んでいる人の顔も知らず、周囲にも無関心になりがちだ。しかし、パトランの活動はそんな寂しい社会にも人の目があることを意識させる。メンバーには守るべき“活動5ヶ条”というものがあるのだが、その3には「挨拶/すれ違う人の目を見て明るい声であいさつする」、そして5に「継続/心にゆとり、健康な身体、仲間との支え合い」とある。誰一人孤立させない、置いていかないという優しさをこの5ヶ条に感じた。今後は子どもの虐待などの問題にも取り組みたいのだそうだ。それをスポーツが実現する。新しい形のスポーツの可能性に今後も期待したい。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by 認定NPO法人 改革プロジェクト
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