パラリンピックの出番を待つ「ママアスリート」たちの物語
パラサポWEB / 2021年7月31日 8時3分
アスリートであり、母。「ママアスリート」という言葉がふさわしいかはわからないが、東京2020大会招致決定の後、女性アスリートへ支援の必要性が少しずつ認識されるようになったことで、ママアスリートの活躍が目立つようになってきた。
「出産後、元のプレーができるような体に戻すのはすごく大変でした。でも、子育ては一時的ではなくずっと続いていくもの。私の場合は、合宿や大会で託児所を設けてもらったおかげで競技を継続することができています」と話すのは車いすバスケットボール女子日本代表の藤井郁美。東京パラリンピックに出場するママ・パラアスリートたちはどんな思いを抱いて競技に取り組んでいるのか。ここでは3人の選手を紹介する。
【陸上競技 高田千明の場合】全盲のジャンパーは「子どもは私の原動力」ときっぱり
2度目となる今夏のパラリンピックで走り幅跳びに出場する高田千明。全盲のジャンパーは、2008年、デフリンピック日本代表の裕士さんと結婚し同年、24歳で男児を出産した。これまで子育てと競技生活の両立には悩みが多かったが、今は「子どもは私の原動力」と笑う。
「結婚して出産して陸上に戻ってきたとき、『地球ってこんなに重力があるのか』というくらい体が重かったです(苦笑)。その後、2年くらいは、子どもが『ママじゃなきゃダメ』ということが多く、今みたいに練習できませんでした」
それでも徐々に時間のやりくりをして練習時間は増え、記録もアップした。しかし2012年ロンドン大会はぎりぎりで内定がもらえなかった。
「当時、子どものせいで、と言われるのは絶対に嫌でした。両親からは子どもを産むとき、『健常の人だって子育ては大変なのに、見えない聞こえない夫婦が出産、子育てをして何かあったらどうするの、子どもにも障がいが出るかもしれない、パラリンピックの夢もあきらめることになるかもしれないよ』と言われたんです。でも、私はどちらか一つを選択することはできない、自分のやりたいことをやるんだと、自分を押し通しました」
2016年、気持ちのぶつかり合いを経てつかんだリオパラリンピックの出場権。このとき高田、そして両親も号泣した。
「内定が出た瞬間、ひとりで号泣しました。両親も号泣して、応援してくれてたんだなって。主人は『ここからがスタートラインだから頑張って』と言ってくれました。でも、息子のさっくんからは『僕はパパと二人でどれだけ長くいないといけないの、いつ帰ってくるの』と言われたんですよ(苦笑)」
それだけ愛息は折々でさみしい思いをしていたということだ。だが、東京大会で、さっくんは中学生になり、母をより理解している。
「保育園のかけっこでメダルをもらったりすることで、メダルはよいことという認識になり、もっと頑張れ、となったんです。アジアパラで銀メダルをもらったとき、私はうれしかったんだけど、彼は『金じゃないけど、メダルをもらえてよかったね』って(苦笑)。でも、これは、金が見たいから頑張れということ。だから今は、『ママすごいね』と言ってもらえるように頑張っています」
高田が「子どもは私の原動力」と話すゆえんである。
【バドミントン 山崎悠麻の場合】
「家族と離れている時間が多いぶん、一緒にいられる喜びが大きくなる」
東京パラリンピックで正式競技になったバドミントン。ダブルスで東京パラランキング1位に座り、金メダル候補に躍り出ているのが山崎悠麻だ。現在33歳で、小学1年生と3年生の男児のお母さんでもある。パラバドミントンを始めたのは、育児休暇中の出来事がきっかけだった。
「小・中でバドミントンをやっていましたが、高校で辞めて、その直後に車いすになったせいもあり、長い間、バドミントンからは遠ざかっていました。でも、上の子の育児休暇中、見に行った全国障害者スポーツ大会で、小倉理恵選手(東京パラリンピック日本代表)に『一緒にやろうよ』と誘われました」
2013年のことだ。その後、本格的にバドミントンを始めたのは2014年。第二子を出産した直後だった。
「8月に子どもが生まれて、10月にはもう打ち始めていました。帝王切開だったので、おなかが痛かった(笑)。この段階では、まだ趣味でしたが、翌年、世界パラ選手権でベスト8に入って『頑張ればパラリンピックに行けるかも』と思うようになったんです」
そうなると、海外遠征や合宿が増え、家族の協力が欠かせなくなる。今、夫の篤史さんへの山崎の感謝は深い。
「我が家は篤史くんがいるから、なんとかなっている感じですね。平日、私が家にいられないことが多いので、子どもを見送ったり、お弁当をつくってくれたりしてくれています。子どもと遊ぶのが上手な人なので、そこは我が家のアドバンテージですね」
一方、子どもたちに会えないさみしさを感じるときがある。
「合宿中は子どもたちにタブレットを渡し、連絡を取り合ったりしてます。『さみしくなったらいつでも電話していいよ』と話していますが、かかってきたことはありません。物心つく前から、私ががっつりバドミントンをしているので、ママはそういうものだと思っているみたい。私のほうが寂しくなっちゃうときがあります(苦笑)」
このように家庭人であり、アスリートでもある山崎。両立は大変だが、どちらの充実も追い求めているからこそ、それぞれの喜びが深くなったと打ち明ける。
「もともと私は家にこもれないタイプ。なので、バドミントンを仕事とするこの生活は、楽しいです。もちろん、家族と離れている時間は長くてさみしい。でも、そのぶん、一緒にいられるときの喜びも大きくなりました。気持ちの切り替えもしっかりできていて、家に帰って、子どもたちに『ママー』言われると、ママのスイッチが入るんです」
家族がいて喜んでくれる人がいるから、自分の喜びも倍増する。山崎が金メダルに向かって頑張る理由にもなっている。
【トライアスロン&陸上競技 土田和歌子の場合】
「女性アスリートが産み育てられる体制づくりを」
夏冬パラリンピック7大会に出場し、東京大会ではトライアスロンと陸上競技・マラソンに出場する土田和歌子は、2006年に男児を出産。ママ・パラアスリートとしても先駆者的な存在だった。現在はJPCの女性スポーツ委員会委員でもある。
「私は障がいがある中で出産もできたし、支援を得て今も競技ができている。ただ、私のケースはほんの恵まれた一例にすぎないのだろうなとも感じています」
土田は支えられ、よい経験ができてきたからこそ、女性パラアスリートにとって子どもを授かり育てやすい体制があればと願っている。
「家庭ベースでやりたい選手はたくさんいるけど、まず障がいのために出産まで至らない選手が少なくありません。だからこそ、もっと選手が子どもを授かり、育てやすい体制が絶対に必要です。そのためには選手自身が何を必要としているか、声を挙げることが重要になるでしょう」
たとえば、土田が考えるママアスリートに必要と思われる支援のひとつは、託児所の設置だ。最近ではジャパンパラ競技大会、車いすバスケットボールやブラインドサッカーの大会などでも設けられており、珍しいことではなくなってきたが、それぞれのニーズに合ったサポートが求められるという。
「大会会場だけでなく、練習場所にあるとベストですね。また選手だけではなく、コーチなどスタッフにサポートが必要な場合もありますし、子どもの年齢に応じて必要なサポートも変わってきます。もちろん、家庭の中で話し合い、夫婦が協力し合うことも不可欠だと思います」
それにしても、アスリートにとって出産や育児は体の負担が大きく、練習時間も制限されるが、土田は“ママアスリート”にどんな価値を見出しているのか。
「実際に競技と子育ての両立は簡単ではありませんし、競技生活は生半可にはできないからジレンマだってあります。でも、今しかできない同じ目標に向かってくれる存在は、一人より、二人、三人いたほうが絶対にいい。家族は、競技力の向上につながっていく大切な力の源なんです」
女性アスリートが母になりたいという気持ちを呼び起こす力強い言葉でもある。そして、この夏、“ママアスリート”がどんな輝きを放つのか、我々はたくさん目撃できそうだ。
text by TEAM A
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