ロンドンパラリンピックを成功に導いた至高のメディア戦略とは
パラサポWEB / 2021年8月6日 16時19分
用意された280万枚のチケットが完売し、人々を熱狂の渦に巻き込んだ2012年のロンドンパラリンピック。その成功の理由のひとつがイギリスのテレビ局Channel 4が作ったCM動画「Meet The Superhumans」にあると言われている。ロンドン市民だけでなく、世界中の人々の固定観念を覆した革新的なCMとはどんなもので、なぜ成功したのか? その秘密に迫るため、CM制作に携わった関係者らが出席して行われたオンラインカンファレンスの内容をご紹介しよう。
ロンドン大会の奇跡を東京大会でも起こすことができるのか?ロンドン大会のパレードでパラアスリートに熱狂的な声援を送る人ⓒGetty Images Sport
残念ながらこれまで、パラリンピックはオリンピックほど注目されてこなかった。しかしその常識を覆しチケットが完売、さらに大会後には「奇跡」と言われる多くのレガシーを残したことから、史上最も成功したと言われているロンドンパラリンピック。その奇跡を今回の東京大会でも起こすことができるのかを追究すべく、4週に渡り、「THE INNOVATION 2012 LONDON >>> 2021 TOKYO」(公益財団法人日本財団パラリンピックサポートセンター主催)というオンラインカンファレンスが開催された。
「メディア」をテーマにした第3週目では、「Meet The Superhumans」を制作したイギリスの国営放送「Channel 4」の元最高マーケティング責任者(CMO)Dan Brooke氏が独占インタビューに答えた。さらにCMにも出演した5人制サッカー(ブラインドサッカー)の当時のイギリス代表Dave Clarke氏、今回の東京2020パラリンピックに水泳日本代表として出場する鈴木孝幸選手、数多くのパラスポーツイベントに参加しているお笑いコンビ南海キャンディーズの山里亮太氏を交えて、熱いトークが交わされた。
パラリンピックはトップクラスのスポーツであるという視点イギリスの国営放送「Channel 4」の最高マーケティング責任者(CMO)Dan Brooke氏
Channel 4が制作した「Meet The Superhumans」という90秒のCM動画では、各競技の選手たちがパラリンピックを目指し練習に励む姿や大会などに挑むスタイリッシュな映像が次々と映し出される。しかし、その間に突如として差し挟まれる戦地で爆風に飛ばされる人、母親のお腹の中にいる胎児、大きな交通事故などの映像。これらは、パラアスリートたちの受障の経緯を象徴している。さらに事故などで手足が失われた体などがそのまま映し出される。それまで暗黙のうちにタブーとされてきた「障がい」を隠すことなく映し出したCMは、公開直後からネット上などでポジティブな反響を呼び世界中に拡散された。こうした動画を作った理由を企画制作に携わったChannel 4のDan Brooke氏は次のように説明する。
「以前からみんなパラリンピックの存在は知っていましたが、パラアスリートのことはあまり知りませんでした。どちらかと言うとチャリティイベントへ行った感覚があって同情的に受け止めていたんです。我々はこれを全く違う形で捉えることができるのではないかと考えました。小難しいことは抜きにして、パラリンピックはトップクラスのスポーツであること、今まで皆さんが考えていたようなものとは、まるで違うということを示すのが我々の任務だと考えたんです」
つまり、それまでの「障がいがあるのにすごいね」という同情的な視点ではなく、シンプルにパラアスリートたちの個性や魅力、競技の凄さに焦点を当て国民の理解を深めようという発想から「Meet The Superhumans」は誕生したのだ。
街中に設置された「THANKS FOR THE WARM-UP」の看板さらにオリンピックが終わりパラリンピックが始まるまでの2週間の間に、Channel 4は「THANKS FOR THE WARM-UP(ウォームアップしてくれてありがとう)」というフレーズが書かれたポスターや広告看板をイギリス全土に展開した。「warm-up」とは通常は本番前の準備運動という意味で使う。これはオリンピックをパラリンピックのための準備運動だと言うのに等しい。
「イギリス人は自分たちにユーモアがあってちょっぴり皮肉っぽいことを誇りに思っています。ですから看板を見てみんなニヤリとして、何か面白そうなことがありそうだと思ったんです」
未だかつてないこのキャンペーンは人々の期待を膨らませ、いざパラリンピックが始まってみるとチケットは完売、パラリンピックを中継したChannel 4の視聴率も創業35年以来、最高の数字を記録した。ちなみに、「Meet The Superhumans」は、世界最高峰の広告の祭典「カンヌライオンズ2013」でグランプリを受賞した。
つくり物ではなくリアルだからこそ人々は共感する「Meet The Superhumans」に登場する事故車と車いすの男性
この過激とも取れるCM動画の制作にあたり、Brooke氏たちは腰を据えて徹底的に話し合いをしたそうだ。広告なのでドラマチックに見せる必要はあるが、パラアスリートたちがトップクラスのアスリートであることと同時に、そうなれたのは、彼らが人一倍努力したからであることを理解してもらえるように「つくり物」ではなく「リアル」を見せることを心がけたのだ。
「爆撃や車の衝突シーンは、こうした形で障がいを負った人たちがいることを示したかったのですが、大会組織委員会や社内から、やりすぎだという声もあがりました。確かにこうした映像を不快に感じる人もいるかもしれませんが、これはフィクションではなく真実なんです。その真実を人々に知ってもらえれば全ての人々が住みやすい、よりよい世界がやってくるはずだと思ったんです」
だからこそ、CMを作るには思い切ってリスクを犯さなければならないと覚悟を決めたBrooke氏たちは、問題のシーンを使用することに決めた。その結果CM公開後、SNS上では問題のシーンが「こんな映像はみたことがない」と一番話題になり、瞬く間に拡散していった。
5人制サッカーの元イギリス代表Dave Clarke選手(左)とお笑いコンビ南海キャンディーズの山里亮太氏(右)このCMに出演したロンドン大会、5人制サッカーのイギリス代表だったDave Clarke選手は、当時のことをこう振り返る。
「障がいのある人たちは、障がいがあるのにすごいねというように、しばしば同情的な視点で語られます。Channel 4はそうした部分に揺さぶりをかけたかったのでしょう。障がい者をSuperhumanと呼ぶのはかなり皮肉だなと思いました。しかし障がい者が素晴らしいプレーをするのは、ウサイン・ボルトというSuperhumanが100メートルを10秒以下で走るのと同じですよね」(Clark選手)
素晴らしいプレーをしてSuperhumanと呼ばれるのに、障がいのあるなしは関係ない。そのことに気づいたClark選手は、出演オファーにイエスと即答したそうだ。
パラリンピックで大きく変わったロンドン社会パラリンピック水泳日本代表の鈴木孝幸選手
ロンドンパラリンピック以降、イギリス社会は大きく変わったとClark選手は言う。
「2012年ロンドン大会を契機にスポーツはスポーツなんだと人々が理解をし始め、パラリンピックスポーツに対しても同情から共感、受容、関与、そして熱狂へと移行していった。それが大事なことだったと思います」(Clark選手)
このClark選手の発言を裏付ける数字がある。Channel 4ではロンドン大会から4年後のリオ大会も放映した。ロンドン大会は盛り上がったが、今回は自国開催ではないので、当然視聴率は下がるだろうと予想されたが、蓋を開けてみると、若年層の視聴率はロンドン大会の数字を上回った。このことからも、ロンドン大会の熱狂が1回限りの賑やかしではなく市民に浸透しその熱狂が継続していることがわかる。
2013年からトレーニングの拠点をロンドンに置いている鈴木孝幸選手は、練習環境について日本との違いを感じると言う。
「大学では障がいがあろうがなかろうが同じトレーニング施設を使えて、同じトレーナーやコーチから指導を受けることができます。例えばトレーナーの方も、今までにパラリンピックの選手を指導したことがないとしても、『やったことがないので、ごめんなさい』ではなく、初めてですがこれから一緒にやっていきましょうという話をしてくれます。一緒に開拓していこうという受け入れ体制が嬉しかったです。その他にも、日本でいうインカレのような大会に、パラスポーツの選手も出場できて、いい成績を収めてポイントを取れば大学のランキング向上に貢献できるのも印象的でした。そのおかげで健常者の選手と同じように大学から奨学金がもらえたり、そういう制度的な部分でもすごくしっかりと構築されているのが印象的でした」(鈴木孝幸選手)
お笑いと障がいは融合できるのか?ロンドンパラリンピックのこうしたレガシーは素晴らしいが、お笑い芸人としてメディアで活躍する山里亮太氏は、「お笑いの中で障がいを扱う際に、自分が間違った発信をしているのではないかという怖さがある」と本音を吐露する。実際、お笑いのシーンで障がいを扱う際、日本では「見世物にしている」などという声があがることも少なくない。これに対してBrooke氏は「障がい者も1人の人間なのだから、コメディーでもドラマでもスポーツでも参加してもらえばいい」と断言する。
「もちろん、その内容にもよりますが、もしお笑いのジャンルで障がいを扱うことが駄目だというならば、その理由はただ1つ『今までになかったから』というだけです。それは何かをやらない理由にはなりません」(Brooke氏)
実際Channel 4ではロンドン大会中、その日のハイライトを紹介する番組のプレゼンターにコメディアンを1人起用した。そのうちの2人は障がい者だったが、これが視聴者に受けた。その後10年経った今でも、この番組は高視聴率番組として継続しているという。
メディアが障がいという事実から目を背け、同情を誘うような美談だけを放送する時代は終わったのかもしれない。Clark選手の「障がいは欠陥ではない」という言葉が印象的だった。たとえば盲目の人の中には晴眼者より聴覚が優れていたり、順応性や変化に対する柔軟な対応分析スキルを持った人がいる。それは障がいがあるからこそ獲得した個性とも言えるだろう。「障がい」をひとくくりにしてしまうと、あれは駄目、これも駄目とタブーが増えてしまう。しかし、目の前の現実に目を向け、障がいのあるなしにかかわらず、一人ひとりの個性に注目すれば、メディアの可能性は今以上に広がるのではないだろうか。
そして先日、東京2020パラリンピックに向けたChannel 4の新たなCMが公開された。今回のCMでも、日常のひと時やトレーニングの風景なども折り込みながら、障がいのあるアスリートたちのリアルな姿を伝えるスタンスは貫かれている。
カンファレンスの最後に、山里氏は「選手の活躍を見ることで、スポーツだけにとどまらない障がいに対する考え方や、地域・町のつくり方が変わってくるのではないか」と、東京2020パラリンピックが日本へもたらす変化に期待を寄せていた。メディアを通して伝えられるパラアスリートの姿によって、日本にポジティブなレガシーが残されていくことを期待したい。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Channel 4, Getty Images Sport
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