届かなかった東京パラリンピック。パワーリフティング山本恵理、挑戦の軌跡
パラサポWEB / 2021年8月22日 8時3分
東京2020パラリンピック開幕の裏には、涙を飲んだ多くの選手たちがいる。その一人が、パワーリフティングの山本恵理だ。出場叶わずも、山本は挑戦の過程で、多くの人の胸を打つ、力強い言葉を残した。挑戦の軌跡とともに、その言葉の数々を振り返る。
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<2021年6月 ドバイ・ワールドカップ最終戦>
2016年に始めたパワーリフティング。パラリンピック出場は山本の夢だった。しかし、最終戦で3本とも失敗試技に終わり、女子55kg級に必要な65kgという最低出場資格基準(MQS)突破ならなかった。東京2020に出場できないことが確定し、心底悔しかったはずだが、それでも山本は気丈に前を向いていた。
「今日は、精度が悪くて成功にはならなかったけど、以前の悪い状態を考えたら、今日、65kgを挙げきれたことがうれしい。1歩とはいわないけど、半歩前進できました。だから、これは絶望ではないんです」
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――「悪い状態」とは、成績が伸び悩んだここ2年間をいう。とりわけ2020年8月は、亜急性甲状腺炎という慢性病にも襲われた。2ヵ月以上、練習できない不安な日々。薬の影響で体重も増え、2021年1月の日本選手権は出場を迷ったというが、パラアスリートとしての使命をまっとうすることを誓って、本来の階級ではない61kg級に出場した。
「目の前に起きた困難をどう突破しにいくか」だと思う
日本選手権の開催中も、新型コロナウイルスが蔓延。困難に直面した人は多かったはずだ。山本は、そんな人々に絶望してほしくない気持ちもあった。
「パラアスリートは、起きてしまった困難に対し、どうすれば困難を突破できるかを考える。その姿にメッセージ性がある。私も出場にあたり、自分が目指せることは何か考え、できることに精一杯取り組みました。それによって、皆さんに元気を与えられたらいいなと思いました」
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――山本の心は温かい。「個」だけでなく、「公」を見つめる視線がある。これは先天的に二分脊椎症を持ち、幼い頃から健常者とは違う様々な体験をしてきたことが大きい。
<2021年4月 シンポジウム>
2007年の統計によると出生数の0.048%が二分脊椎症で生まれる。山本は「すごい希少な違いを持って生まれたんだなと思う」と話す。その障がいのため、小1のとき、重いランドセルを背負うと転びやすく、母が「別のカバンを」と教師にかけ合ったことがある。しかし「みんなランドセルなので、ぜひランドセルで通ってきてください」と返されてしまった。
「(日本は)他人と同じことを求められがちな社会ですよね。就職活動中も “自分の違いは世の中では弱みなのか”と考え始めてしまいました。でも、パラスポーツについて学ぶためカナダの大学院に留学し、みんなで意見交換したとき、言われたんです。“どの論文の言葉より、恵理の体験のほうがリアルだね。恵理の違いは強みだよ。”って。そこから違いを強みにする方法を考え始めました」
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――そんな経験を経て帰国し、2015年に日本財団パラリンピックサポートセンターに入職。翌年、パワーリフティングを始めた。同時に仕事と競技の両立の悩みにもぶつかり始めた。
違いを生かせてないなら、自分の周りを変えてみる
<2021年4月 シンポジウム>
山本には、仕事か競技か、どちらかに専念する選択肢もあった。しかし、両方に愛着があった山本は、「講演」という新たな仕事の場を発掘した。
「人見知りで、人前で話すことは考えたことがありませんでした。でも、パラアスリートとして、パラスポーツの魅力や障がい者の思いを伝えたいという思いが人一倍強かった私は、スピーチトレーニングを受けたんです。そしたら講演がどんどん楽しくなり、得意かもと思えるようになりました。皆さんが人との違いを生かせていないと感じるなら、自分の周りを変えてみるのも手かもしれません」
――こうなると競技も充実。2019年日本選手権では日本記録を樹立した。
<2019年2月 日本選手権>
大会開催前は、2018年に山本がつくった53kgが日本記録。しかし、今大会で山本は一気に6kgを積み上げる59kgを挙げた。しかも3試技とも、精度のよさを示す白ランプが3つ点灯した。
「今日は白9つとると決めていました。どうしても胸に下ろしたとき、片側に傾いたりする問題があって伸び悩んでいたんですが、やっとこの方向なんだと見えてきました」
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――以降、さらに上り調子になり、大きなコツもつかんだ。
<2019年7月 カザフスタン世界選手権直後>
世界選手権は59kgで12位に留まった。「挙がるわけない」と思い、挙げにかかったため、案の定、63kgを失敗したからだ。その思いは、コーチに見抜かれ、「俺はお前を信じてあがると思ったから、63kgって書いて出したんだぞ」と言われた。
「以来、自分を信じるってどういうことか考え始めたんです。その結果、挙げるだけなら65kgを挙げられたときがあって、コーチには“ほら、自分を信じたらあがるだろ、って”いわれました」
――心情の変化はさらに大きな結果を生む。同年9月、パラリンピックのテストイベント「Road to Tokyo 2020」で現在の日本記録63kgをマークした。
<2019年9月 READY STEADY TOKYO>
上昇気流のなかにいた山本。パラリンピック出場のため、「早く65kgのMQS突破を」という願いは強まった。もちろん周りも同じように願い、応援してくれていることも十分理解していた。
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――しかし、冒頭で述べた通り、この後に苦境が待っていた。「2019年度中には70kg台を挙げてランキング10位内に上げたい」と思っていたが、記録が伸びない。「自分に期待して出た試合はなかった」というほどだ。しかし、そんななかでも、どん底に陥らないための言葉を持っていた。
<2021年6月 ドバイ最終戦前談話>
母は生まれたときから山本を支え続けてきた。母は、娘が落ち込んでいるとき、「あなたは笑っていたほうが成績を出せるわよ」と言ってくれた。また、ある経営者には「いつでも、すべてがうまく仕事なんてないよ」と言われたことも、前を向く力になっていた。
――こうして挑戦し続けた山本。東京パラリンピック出場という夢は叶わなかったが、これで終わりだとは思っていない。
<2021年7月 パラリンピック前談話>
当然、東京大会への戦いはつらく、いま「人生で一番落ち込んでいる」という。だが、山本はこうも話した。
「これでバーンアウトしたらダメ。この競技は、50、60歳でも金メダルがとれる。私はまだ夢をかなえる途中なんです。今後も続けることが大切だと思っています」
――「心の整理をつけられるのはまだ先」と言うが、それでも山本は必ず復活する。きっとそのときは、どう心身を再生したか、魅力的な言葉で教えてくれるはずだ。
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text by TEAM A
key visual by Yoshio Kato
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