東京パラリンピックは特別な舞台。アーチェリー上山友裕の“勝利への意欲”
パラサポWEB / 2021年8月28日 15時39分
8月27日、アーチェリーがスタートした。初日は、全クラスの予選にあたるランキングラウンドが行われ、リカーブ男子の上山友裕が登場。11位で決勝ラウンドに駒を進めた。
“上山流”メンタルコントロール術とは?とにかく射つのが早い。そして射ち終わるとすぐに、周りの人たちと楽しくおしゃべりに興じる――。国内大会限定ではあるが、これまでの取材で目にしてきた上山の試合中の姿だ。矢取りの間でさえ静かに過ごすアーチャーもいる中、それはかなり目を引く光景でもあった。
もちろん、それには本人なりの理由がある。
「僕の場合、1本ごとに、真ん中に当てるためにするべきことを考えます。ずっと集中し続けると気力も体力も持ちませんから、集中するのは、矢をつがえてから射つまで。矢が的に当たり点数がわかった瞬間に、意識的に集中を切って、コーチらと言葉を交わしたりしています。場合によっては、自分で自分に突っ込んだりもしますよ。『きれいに射ったー。はい、10点! と思ったら7点。なんでやねーん』って。もちろん、声に出してです。まあ、周りの選手たちは、いやでしょうね(笑)」
真ん中に当てるには、練習通りの感覚を試合に持ち込めるかがポイントになるとも語っていた。では、最初からこのスタイルだったかというと、違うようだ。
「ずっと的に集中し続けると、当てたいという気持ちが強くなりすぎて、外しやすくなるんです。対戦相手の点数が気になる試合も、だいたい負けています」
的に意識を向けすぎたり、対戦相手を気にしすぎたりしないためにも、1本ごとに集中のスイッチのオンオフを繰り返す方法を編み出したのだろう。ただし、勝ちたい気持ちは必要という。
「勝利への意欲は、僕にとっては、ほど良い緊張感になりますから。射に影響するほどの緊張感を覚えたことはないつもりなのですが、コーチにがちがちでしたよって言われて、ほんまか?って聞き返したことはあります(笑)」
上山は、己のメンタルコントロール術を身に着けた結果、国内では無双。2019年度の世界ランキングが2位と、世界トップクラスのパラアーチャーとなり、リカーブ男子の金メダル有力候補として東京パラリンピックを迎えた。
パラリンピックの雰囲気は独特だったとはいえ、1年半ぶりの国際試合が、この5年間で最大の目標としていた大舞台である。さすがの上山も、特別な舞台を前に緊張を隠せなかった。アーチェリーのランキングラウンドは、4分6本を1エンドとして、12エンドの合計点で争う。その1エンド目の1本目からいつもと様子が違っていた。何度も引き直し、1本射つごとに首をひねる。こんな上山の姿を見るのは初めてだった。しかも、6本目、残りわずかのところで引き戻し、時間ギリギリでえいやっと放った矢が、なんと0点。「『終わった』と思いました」(上山)
前半終了後、「(雰囲気に)飲まれてます」と、険しい表情で吐露。実は前日の夜から緊張していたのだという。「緊張することは、ある程度予想していたんです。でも、昨晩から緊張がすごくて、友だちに連絡しまくって。会場についてからも緊張は解けず、体が硬くていつも通りに弓が引けなかった」(上山)
2度目のパラリンピックとなる上山。「かみやま」と呼ばれないように、と「うえやまです」と記されたチェストガードで登場したアーチェリーには、弦につがえた矢が落ちないように押さえるクリッカーという装置がある。矢を引き切ると、クリッカーが落ちてカチンと音が鳴る。アーチャーは的を見ているため、その音を合図に矢を放つのだ。ところが、今日はクリッカーがなかなか鳴らなかったという。「おかしいなと思ってクリッカーを見たら、ポイントという矢の先端が、クリッカーのかなり先にあった」(上山)
弓を持つ押し手が的側に突っ込み、つられて引き手側が体の前側に出る形となったため、引く距離が短くなっていたという。かつて上山が懸念していた「当てたい、当てなくては」という気持ちが強く出た結果だった。
パラアーチェリーの盛り上げ役でもある上山末武寛基コーチのアドバイスを頼りに、9エンド目にして違和感の原因を探り当てた上山は、本来の射を取り戻す。ここで順位を一気に挽回、11位でフィニッシュした。劇的な展開に、本人はもとより、ネットの向こうで応援していたファンもほっと胸をなでおろしたに違いない。
「僕は見られるのが好きなタイプ。どんな舞台でも楽しめるし、楽しめれば、マイナスな要素は生まれて来ないはず」
かつてそう語っていた上山だが、試合後は、「さすがに、今回はどうなるかわからない」と苦笑い。
「これぞパラリンピック」(上山)
上山には、まずは自分のために最高峰の舞台を楽しんでほしい。そんながんばる選手たちを、私たちは応援するのみだ。
edited by TEAM A
text by Masae Iwata
photo by Kyodo
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