次のステージの糧に。馬術・日本代表人馬の東京パラリンピック
パラサポWEB / 2021年8月28日 17時29分
8月26日から27日の2日間、馬術の個人(グレードⅠ~Ⅴ)が行われた。馬術は男女混合で実施され、演技の正確さや美しさを競う。いかに馬を的確に操り、人馬一体となれるかが勝敗のカギだ。日本からは4人が出場し、夢の舞台に立った。
チーム最年長の宮路満英は入賞!日本でただ一人順位をひとけた台に押し上げ、7位入賞を果たしたのは、唯一パラリンピック出場の経験のある元JA調教助手で63歳の宮路満英(グレードⅡ)だった。
photo by JunTsukida2005年、47歳のとき仕事中に脳卒中で倒れ、約半年の入院後も右半身のまひや高次脳機能障がいが残った。馬術を始めてからは、左手だけで手綱を捌く。前回のリオ大会は11位で、馬術の経路を指示するコマンダーの妻・裕美子さんは「馬に乗せられている感じだった」というが、今回は違った。
目標の70%には届かずも、66.824%を出し、「まあまあ」のデキ(宮路)。まひのある右手を押さえるゴムが途中で外れるアクシデントについては「残念だった」と悔しがるが、最後までバランスを取って馬に乗り切った。
裕美子さんが緊張で2度コールを誤って出したときも「大丈夫だった。僕、違うほうをやった」と冷静に修正している。
演技を終えると、愛馬のチャーマンダー号に「おおきに」と感謝した。「パリは目指すか」と問われると、「年も年なんで、やりたいけど断言できません」と答えたものの。「まずは来年」と現役続行を誓っていた。
若手の吉越奏詞は次への糧に宮路と同じグレードⅡに出場した21歳の吉越奏詞も、63.823%を叩き出す善戦の10位だった。
photo by JunTsukida先天性の脳性まひで右上肢、両足に障がいのある吉越が、乗馬を始めたのは、ホースセラピーに参加したのがきっかけ。いまでは、「馬への愛は一生変わらないものだと思っている」というほど愛着がある。
それだけ馬への思いが深いだけに、黒光りするハッシュタグ号との演技は、「もっと馬を生かす演技ができたはずなのに申し訳ない」と馬にわびる思いが口からついて出た。前日は馬の調子がよかっただけに、75%というメダルラインも考えていた。でも、「コントロールや、操作の仕方だったりで細かさが足りなかったかな」。
だが、反省点があるからこそ、「それもまた糧にして次に挑みたい。できれば次のパリも」と気持ちを切り替えていた。
元ジョッキーの高嶋活士「今後、いい方向にいく」宮路、吉越と同じ初日に出走したグレートⅣの元JRA騎手の高嶋活士は、初めてとなるパラリンピックで14位だった。スコアは65.951%。
photo by JunTsukida終盤でミスが出て、決して振るった順位ではなかったが、顔には笑顔が浮かんだ。
「本当に楽しかった。こんなに整った舞台で演技ができるのはなかなかない機会だし、貴重な経験ができた」
パラ馬術を始めたのは、デビュー3年目のレース中の落馬事故で脳挫傷を追ったあと。右半身にまひが残って、現役続行を試みるも15年に引退し、失意のなかにいるときだった。馬の魅力から離れられない自らの心を認識し、パラリンピアンとしての現在にたどり着いた。
「競馬のときでは味わえない、こういう世界を味わえたので、本当によかった」
無観客だったものの、パラリンピックの空気を吸って、「(今後の人生は)きっといい方向にいくと思う」とも感じた。紆余曲折の多い人生。しかし、情熱を傾けられるものを再び見つけた。
次に見ているターゲットはやはりパリ大会。「横運動といわれる後ろ足でまわしたりする動作が苦手なので、そこをもう少し直していきたい」と早くも具体的な課題を持っていた。
70%を目指した稲葉将グレードⅢの稲葉将は、67.529%で15位に留まり、顔を曇らせた。「自分が活躍することで、パラ馬術の知名度を上げたい」と公言してきただけに、失意が広がっていた。
photo by kyodoそれでも品行方正な26歳は、演技を終えると、「素晴らしいライダーと同じ土崩で演技ができ、素晴らしい時間になりました」と、感謝の気持ちを述べることを忘れなかった。
ただ、試合内容に関しては、「半分覚えているところと、覚えていないところがある」と首をひねる。
それだけ緊張していた。海外で出場資格がとれたエクスクルーシブ号は、オランダから8月20日に馬事公苑にやってきて、練習を積み重ねてきた。
これまで一緒に練習してきた他の馬もいるが、「能力が一番高いのが今回のエクスクルーシブ号。パラリンピックでは、馬の技量に人がどれだけパフォーマンスを引き出せられるかの勝負をする」と考えていた。
しかし、現実は細かいミスが重なり「もっともっとできたのに」という思いが広がった。「欲をいえば70%台」という気持ちも持っていた。
5分間の演技を振り返り、「あっという間でしたね」という稲葉。「かみしめる余裕はありませんでした」とも付け加える。
演技を終えたあとは、エクスクルーシブ号の首すじをなで、「知らない土地に来て、気候も全然違うなかやってきて、こんな下手な乗り手で、よくやってくれたね」とねぎらう優しさも見せた。
「競技自体は長くできたらなとは思っている。そういう方向で動いていきたい」と話した稲葉。馬術は資金力も求められる競技だけに、アスリートとして続けるには、いかに練習環境を整えられるかという課題が常にある。
これまで落ち着いた人柄と馬術への情熱で多くの企業から信頼を得て、支援を受けてきた稲葉。それも稲葉の持つ人間力だ。息の長い競技でまだ若い稲葉は、自身が輝ける場を作るため、今後も挑戦していく。
text by TEAM A
key visual by Jun Tsukida
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