陸上・外山愛美、右手に記した「人生は変えられる」の意味
パラサポWEB / 2021年9月1日 23時31分
一度は目標を見失い、競技を離れた。それでも、東京2020パラリンピックの存在が、外山愛美を再びトラックに連れ戻した。「母親のような存在」と語る奥松美恵子コーチと二人三脚で挑んだ、夢の2日間が幕を閉じた。
最後まで諦めない走りで決勝進出「予選敗退。もう終わった」
8月30日、陸上競技女子400m(T20/知的障がい)予選を走り終えた直後、外山はそう思った。
「初めてのパラリンピックで緊張も大きくなって、頭の中が真っ白になった。自分の走りがうまくできなくて、ちょっと悔しかった」
この日も、手の甲にはレースで意識するポイントを書いて臨んだ。左手には「大きく走る」、そして右手には「絶対に決勝に行く」。
ただ、世界の強豪が顔を揃える最高峰の舞台はそう甘くはない。一人、また一人と追い抜かれると、4位でレースを終えた。目標としてきた自己ベスト更新もならず、「(タイムも)ものすごく遅い」と悔しさをにじませた。
それでも、「たとえ3番でも4番でも、タイムで(決勝進出に)拾われることがある。最後の最後まで諦めないように」というコーチの指示通り、諦めなかったのがよかった。粘りの走りが功を奏し、タイムで拾われ全体の8位で決勝進出を果たした。
大きなストライドが持ち味の東京パラリンピック・陸上日本代表の外山愛美(写真は8月31日決勝の走り)photo by kyodo コーチと二人三脚でつかんだ代表の座外山は宮崎市在住。フルタイムで働きながら、平日は近くの公園で朝練習を行った後、職場に直行する。夕方はコーチの奥松美恵子さんが勤める、宮崎県立みなみのかぜ支援学校の運動場などで練習を行うのが日課だ。
知的障がいがあり物事を記憶することが人より苦手で、他者を理解することが難しい外山を、奥松は独自の指導法で辛抱強く導いてきた。すると、長い手足を生かした大きな走りで能力が開花。2017年の世界ジュニア選手権では金メダル、2018年のアジアパラ大会では銀メダルを獲得するまでに成長した。さらに、翌年、オーストラリアのブリスベンで行われた大会では、T20(知的障がい)クラスの200m、400mの2種目で日本記録を打ち立てた。
そして、東京パラリンピック出場枠を争うランキングで6位になり、日本代表の座を手に入れ、本番に向けた練習に励んでいた。そんな中での大会延期の知らせだった。
「何で陸上やってるんだろう」大会延期のニュースに、「ショックだった」と振り返る外山。「何で私は陸上競技をやってるんだろう」という気持ちにさえなったという。
それでも再び走り出したのは、パラリンピックへの思いを持ち続けたからだ。「世界選手権よりも、もっと強い選手が現れ、レベルの高い中で競い合うのがパラリンピック」(外山)。大会を目指してきた思いが呼び水となり、外山をトラックに導いたのだ。
そこからはまた、コーチとの本番に向けたトレーニングが始まった。スピード強化の練習に加えて、フォームを維持するため、ゴムチューブを使った苦手な筋力トレーニングにも取り組んできた。
そうした苦難や課題を乗り越えて、辿り着いた予選当日。奥松は「外山さんのいいところは最後まで諦めないところ。自分を信じて、外山愛美らしく走りなさい」と握手で送り出した。
もう人のせいにはしない翌日の決勝は雨の中のレースになった。いつものようにスタートから全力で駆け出すと、必死で前を追った。世界の壁は厚かった。左手に書いた「59.41」の自己ベスト更新は成し遂げられなかったが、それでも、昨日の自分をこえてみせた。
三歩進んで、二歩下がる。外山愛美のそんな陸上人生は、少し歩みは遅くとも、一歩一歩着実に、世界へと近づいてきた。
「これまで、ずっと人のせいにして生きてきた。でも、これからは、自分の責任にしていきたい」
右手に書かれた「人生は変えられる」。その言葉の意味について、外山はそう話した。
手の甲にマジックで意識するポイントを書くのが外山のルーティン。この日は、左手に「59.41」、右手に「人生は変えられる」と記されていたphoto by kyodotext by TEAM A
key visual by Jun Tsukida
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