大金星から1年、車いすテニス・大谷桃子が再び挑んだ女王デフロートの壁
パラサポWEB / 2021年9月2日 15時59分
8月31日、東京2020パラリンピック、車いすテニスの女子シングルス準々決勝が行われ、世界ランキング5位の大谷桃子は同1位のディーデ・デフロート(オランダ)に、3-6、2-6のストレート負けを喫した。試合後、訥々(とつとつ)と取材に答えていた大谷が、突然声を詰まらせたのは、「(出身の)栃木の人へのメッセージをお願いします」と求められたときだった。
女王の巻き返しに備えた1年間「このようなプレーをしてしまって申し訳ない」
完敗に悔しさが広がっていた。大会前、周囲はもちろん、大谷自身も初めてのパラリンピックでのメダルの手応えを感じていた。2020年8月、初めて4大大会の一つ全米オープンに出場した大谷は、翌9月の全仏オープン2回戦で、デフロートを下す大金星をつかむ。速い球でテンポよく攻める世界1位を相手にラリー戦は不利と読み、リターンエースでポイントを重ねた結果だった。
「かなりのリスクを背負って攻めにいきました。でも次は同じ手では勝てない。サービスの種類を増やし、使い分けの精度を上げていかないと」
以来、東京大会までの1年は、女王が巻き返してくることを予測して練習を重ねた。その成果が実り、今年7月のウインブルドン選手権では日本のエース・上地結衣にも勝利。パラリンピック直前には「練習してきたことを試合でも出せるようになってきた」と自信をにじませていた。
東京2020パラリンピック・2回戦でRPC(ロシアパラリンピック委員会)選手と戦う初出場の大谷photo by Jun Tsukida 準々決勝で早くもデフロートと対決汗をかきにくい大谷だが、暑さと高湿度の中、今大会では1回戦、2回戦ともにストレート勝ち。右手に巻いたテーピングや左手にはめた手袋は湿気で切れやすく、大谷の集中力は途切れがちだったが、乗り切った。
1、2回戦を振り返り、「どちらも緊張で体が固くなってしまう時間が、いつもより長かった。これでは勝ち進んでいったときに勝てない。これがパラリンピックなんだな」と反省を口にした大谷だが、準々決勝は、気持ちを切り替えた。「これまでと違う良い緊張感」の中、迎えた対戦相手は、女王デフロートだ。
前回のリオ大会ではシングルスで4位、ダブルスで銀メダルを獲得したオランダの24歳は、その後、いっそう力を付け、4大大会すべてで単複のタイトルをもぎとった。それだけにまだ手にしていないパラリンピックの金メダルへの思いは誰よりも強い。
「第1シードとしての重圧は当然ある。でもそのぶん金メダルのチャンスも多いと前向きにとらえています」(デフロート)
来日してからは、あえて暑い時間を選んで練習し、有明のテニスコートの特徴も研究。有明は、コート施設が新しいことと気温の影響からボールが高く弾み、速度も遅いと女王は見た。そこで得意の速球を封じ、回転数の多い弾むボールを多用。一方で長いラリーにも応じていた。
本気の女王を最後に苦しめた大谷は、序盤から飛ばすデフロートに付いていくのがやっとだった。1セット目、ゲームカウント0-4と劣勢な立ち上がり。それでも「自分が持っていきやすい展開を意識した」と、攻めどころを慎重に探して、一時は3-5まで持ち直した。
2セット目では0-5と大きく引き離された。しかし簡単には終われない。逆転には至らなかったが、そこから2ゲームを奪う粘りを見せた。女王の壁にはばまれた大谷だが、それでもデフロートからは、「今日の大谷は、いろいろ新しいことを試みて、私の集中力を途切れさせようとしたので苦労した」という言葉を引き出す戦いぶりだった。
準々決勝でデフロート(右)に敗れた大谷(左)photo by kyodo グランドスラム優勝への夢は続くベスト8という結果は、世界ランキング5位の大谷にとっては満足できるものではない。ただ、車いすテニス界にとっては光明である。長らく女子シングルスでは上地だけが世界トップで孤軍奮闘する状況が続いていたが、今後はそこに大谷が割って入る可能性を改めて示したのだ。
上肢にも障がいがある大谷は、「自分のように障がいが重い選手でも、状態のいいトップ選手の中でも戦えるんだというのを見せたい」という克己心も秘める。
「(これまでは)勝った後、障がいの状態が悪い人から“よくやった”と褒めてもらえることが多かったんです」
応援してくれる人たちのためにも、大谷は頂点を目指す。グランドスラム優勝など、叶えたい夢はたくさんある。大谷桃子、まだ夢の途中だ。
edited by TEAM A
text by Yoshimi Suzuki
key visual by kyodo
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