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青学大陸上部の㊙人材育成に学ぶ、VUCA時代に飛躍する方法

パラサポWEB / 2021年9月13日 7時54分

近年、ラグビーやテニス、バスケットボール、野球などスポーツの世界で日本のチームや選手がめざましい活躍をしている。こうした一流選手の人材育成方法がビジネスの世界でも活用されているのをご存じだろうか? 科学技術の急速な進歩、天災、コロナ禍などVUCA(予測不能)な時代において、旧来通りの画一的な方法では優秀な人材を育成できないからだ。そこで、一般社団法人スポーツコーチング協会認定のスポーツコミュニケーションアドバイザー&コーチでもある、ビジネスコーチの佐藤正彦氏にスポーツ界の成功例に見る、新時代の人材育成方法について伺った。

あの大学はなぜ成果を出し続けることができたのか?

スポーツ界の人材育成で成功した例として有名なのが、全国大学ラグビー選手権9連覇の帝京大学ラグビー部や、箱根駅伝で4連覇を成し遂げた青山学院大学陸上部。佐藤氏は両大学の共通点を、監督が「指導」だけではなく、「育成」を行ったからだと分析する。

「このふたつは平たく言うと、『指導』は正しい答えを教えること。それに対して『育成』は答えを見つける力をつけさせることです」(佐藤正彦氏。以下同)

日本のスポーツ界は長い間「指導」をメインにやってきた。今まではそれで良かったが、これからの時代は「指導」だけでは勝てない。その理由を佐藤氏は次のように分析してくれた。

「たとえば昔のサッカーは、ウイングと呼ばれるサイドの最前線に配置される選手が、フィールドの外側からドリブルで進み、ゴール前で待っているフォワード(得点を狙う選手)にボールを渡す。そこからセンターフォワードがヘディングなどでゴールにボールを押し込むといった単純な戦略しかありませんでした。ところが最近のサッカーはいくつものフォーメーションがあり、さらにミッドフィルダー(中間の位置で攻守ともに貢献する選手)がさまざまな指令を出して、試合ごとに違った複雑なプレーが求められるので再現性がない。答えは1つではないので、選手一人ひとりがその都度、臨機応変に考えて行動できないと試合には勝てないんです」

想定外のことが起きた時に指導者しか答えを持っていないのでは、複雑な試合を制することはできない。帝京大学ラグビー部や、青山学院大学陸上部では、選手一人ひとりが答えを見つける力を持っていたからこそ、勝ち続けることができたという。

VUCAの時代で生き残るのは自分で答えを見つけられる人材

答えを見つける力が必要なのはビジネスの世界も同じだ。近年の複雑で多様な状況をビジネスの世界では「VUCA(ブーカ)の時代」と呼ぶ。これは、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つの言葉の頭文字からなる言葉で、目まぐるしく変化する環境の中、将来の予測が困難なカオス化した状態を意味している。まさに現在のコロナ禍もそのひとつと言えるだろう。

「日本が高度成長した昭和の時代に人々が尊重していたのは、みんなで同じ目標に向かって進んでコツコツ頑張る画一性でした。しかし、今は、それぞれの強みや価値観を生かしていくD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の時代に変わってきています。チームとしてのビジョンや行動指針を共有することは大切です。その上で多様性を生かしたチームづくりをしないと、予選は勝てても決勝では勝てない。それはビジネスの世界でも全く同じです」

では、多様な社会に対応できる組織を作るには、どのように人材を育成すればいいのだろうか。そのキーワードは「主体性」にあると佐藤氏。

「たとえば、『自主性』と『主体性』という言葉は似ていますが、意味が違います。『自主性』とは、決められた“やるべきこと”を人に言われなくても率先してやること。それに対して『主体性』とは、“やるべきこと”も自ら考えて自ら行動することです。想定外のことに対応するには、この『主体性』がとても大切になってきます。以前ある新聞記事で読んだのですが、当時のトヨタ自動車ラグビー部のジェイク・ホワイト監督が、『日本の選手はスキルも高く、指示を正確に実行できる一方で、選手自身が臨機応変に決断するのは得意ではないと見ている』というようなことを言っていたそうです。まさに自主性はあるけれど、主体性がないということですよね」

ちなみに、ホワイト氏の監督就任後、トヨタ自動車はジャパンラグビートップリーグで7年ぶりにベスト4入りを果たしている。近年、この「主体性」がビジネス界でも課題とされ、自律型組織、自律型の人材の育成を目指す企業が増えているのだそうだ。

多様な時代で成果をあげる人材育成法

では、自ら課題を見つけて考え、実行できる主体性のある人材を育てるにはどうしたらいいのか。具体的な方法を佐藤氏に紹介してもらった。

1.真の意味でのコミュニケーション

コミュニケーションの語源はラテン語のコムニカチオ(communicatio)、「伝える」だけではなく「共有すること」という意味を持つ。つまり、上司が指示命令をしたり、答えを教えたりするだけでは、一方通行になっていて共有になっていないということ。そこから一歩進んで真のコミュニケーションを実現するには、相手の言葉を傾聴し、その考えや思いを受け取る必要がある。たとえば、スポーツの練習中に後輩がミスをしたら、先輩が「今のは違う、こうやってやるんだよ」と正解を教えるのが一方通行のコミュニケーション。しかし先出の帝京大学ラグビー部では、上級生と下級生の間で以下のようなやりとりが繰り広げられるという。

上級生:今のプレーは何をしたかったの?

下級生:タックルをして相手を止めたかったんです。

上級生:やってみて、どうだった?

下級生:タックルがうまくできず、そのまま相手に抜かれました。

上級生:なぜタックルがうまくいかなかったと思う?

下級生:こういう場合、低くタックルすると習っていましたが、「低い」というのが具体的にどれくらいの高さなのかが、自分の中で曖昧でした。

主体性のある人材を育てるには、このように指導する側が問いを立て、相手の考えを聞く、双方向のコミュニケーションが重要だと言う。問いかけられることによって、指導される側は、話しながら振り返り、考え、自らやるべきことに気づけるようになる。これは、「AAR(After Action Review)の質問」と言って、ビジネスのシーンでも活用できるコミュニケーションだ。後輩や部下が何かした後に、

(1)どうしたかった?

(2)どうだった?

(3)なぜそうなった?

(4)次はどうする?

と順序立てて問いを立てることで主体性を育むことができる。

2.成果を最大化させる方程式

人材教育においては、その人のスキルや知識を高めることも重要だが、同じくらい重要なのが目標達成を阻害する要因に気づき、それを取り除くということ。これを表すのが以下の方程式だ。

P=P-I

Performance(成果)=Potential(潜在能力)-Impediment(弊害)

(成果・結果=推進力-阻害要因・障害)

Impediment(弊害)とは、過度な期待、遠慮や恥ずかしさ、孤独感、嫉妬、道具や環境の不備、家族の健康など人によって千差万別。それを円滑なコミュニケーションによって探り当て、取り除くことで、人は持っている能力を最大限に生かすことができるようになる。

また、部下や後輩に何気なくかけた言葉が実は弊害になっているケースもあると言う。スポーツ界でよく聞く、弊害となる言葉を見てみよう。

・負けたら後がないぞ!

→過度な緊張感を与えている。

・ドンマイ!(気にするな!)

→失敗した時に言われる言葉なので過去の失敗体験を思いだしてしまう。

・わかってるのか!

→わかっていないと答える人はいない、またわからなくても、わからないと答えられず、問題の本質を見つめることができない思考停止状態になる。

・三振するな~!

→三振した過去の経験を思い出して体が無意識に緊張する。

これはスポーツの例だが、ビジネスシーンでも似たような言葉を部下や後輩に無意識にかけていることはないか、振り返ってみる必要がありそうだ。

3.組織には心理的安全性を!

2012年、アメリカの大手IT企業のひとつGoogle社が発表した「プロジェクトアリストテレス」が、ビジネス界で話題となった。この調査は社内のいくつものプロジェクトチームの状況を比較分析して、「生産性の高いチームの条件」を定義づけたものだ。その結果、「生産性の高いチーム」と「生産性が低いチーム」の最も大きな違いがわかった。それが、

「心理的安全性」

誰かがアイデア、質問、懸念、失敗について発言した時、チームが恥ずかしい思いをさせたり、拒否したり、制裁したりしない、むしろ発言が期待されている、と確信している感覚のこと。要は、他者の反応に怯えたり気後れすることなく、ありのままの自分をさらけ出すことのできる環境や雰囲気のこと。

たとえば、ある社員が先輩に質問した時に、「そんなことも知らないの?」と言われると、次からは無意識のうちに「こんなことを聞いたら恥ずかしい」「どうせ言っても否定されるだろう」というブレーキがかかり、自分の言葉で自己表現ができなくなる。そういうチームは発展しないし、強いチームにはなれない。反対に「誰も自分を馬鹿にしない」と信じあえるチームは、メンバー同士の関係性の質が向上し、思考の質、行動の質も上がるため、成果をあげる強いチームになれるというわけだ。

以上が主体性を持った人材を育成するための代表的な方法だが、この3つに共通しているのは相手の話を「傾聴」するということ。指導者はただ話を聞くだけでなく、働きかけて相手が話したいことを引き出す力が求められる。

「部下の話を聞いて尊重するなんて言うと、『そんなやり方はぬるい、やっぱり気合いと根性だろう』という人がいます。僕わたしは気合いや根性を否定するわけではありません。最後は気合いと根性がある方が強いけれども、それだけでは多様な時代で成果をあげることはできないんです」

先に紹介した帝京大学ラグビー部や青山学院大学陸上部だけでなく、日本全国のスポーツ指導者たちの中に、昭和の根性論から抜けだし、自ら考えて行動できる力を持つ人間を育成しようという人は増えているそうだ。言われたことを忠実にやる選手ではなく、何をすべきか自分で考え判断して、責任をもって行動する選手を育成することは、選手のセカンドライフにも必ず役に立つ。まさにこの考えは、ビジネス界にも通じる人材育成の指針ではないだろうか。


これまでの日本のスポーツ界では、監督・コーチや先輩の指示命令は絶対的で、選手が口にすることは「はい」「わかりました」「すみません」の三言だけだった。しかし、最近いい結果を残しているチームや選手は、指導者や先輩がコミュニケーションの向上をはかり、選手自らが考える環境を整え、主体性や自律性を養っているケースが多く見受けられると、佐藤氏はスポーツ界の変化を分析する。

答えが必ずしも1つではない多様性の時代、スポーツでもビジネスでも、チームのメンバー一人ひとりの能力を引き出し、高い成果を出すために上司がすべきことは、「『育てる』のではなく、『育つ』環境を提供すること」と佐藤氏。スポーツ界の成功事例には社会を変えていくヒントがたくさん詰まっている。このように、ビジネスの視点を持ってスポーツを観てみると、また違った面白さがあるかもしれない。

PROFILE  佐藤正彦

株式会社アップシフト 代表取締役

大手酒類食品専門商社のトップ営業パーソンとして活躍。本格焼酎を日本全国に広めた立役者。その後、外資系生保に転身。セールスパーソンとして数々の営業記録を塗り替え、マネージャー(営業所長、支社長)としても数多くの優秀な〝人財〟を他業界からスカウト採用、優績者(営業所全員MDRT会員)に育成し、全国トップクラスの実績を挙げる。イタリアのグループ会社で採用面接・育成トレーナーを経験。その後、全国規模の生損保乗合プロ代理店、金融機関向け営業教育会社の代表を務め延べ10,000人以上の営業パーソン、マネージャー、経営者、ドクター、会計事務所等に講演・セミナーを開催。少額短期保険会社の設立開業を経て、現在に至る。ビジネスコーチとして、様々な業界の業績向上のための研修、リーダー開発トレーニングや組織開発コンサルティング、企業経営者、役員、院長等へのエグゼクティブコーチングを多数実施。スポーツコミュニケーションの普及に向け、スポーツ団体の監督、指導者へのコーチOFコーチも務める。

ビジネスコーチ株式会社 パートナー エグゼクティブコーチ BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ/LIMRA(米国生命保険経営調査協会)公認トレーナー/日本FP協会会員/一般社団法人日本スポーツコーチング協会認定 スポーツコミュニケーションアドバイザー&コーチ

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)

photo by Shutterstock

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