アスリートは超人か人間か――世界記録保持者として臨んだ水泳・東海林大のパラリンピック
パラサポWEB / 2021年9月7日 8時0分
世界記録保持者は、不調の苦しみの中で戦い抜いた。
東京2020パラリンピックの水泳競技、8月31日に行われた男子200メートル個人メドレー(SM14クラス)に出場した東海林大は、決勝のレースを2分11秒29で泳ぎ、4位入賞を果たした。このタイムは、2019年9月に2分8秒16の世界記録をマークした東海林としては、物足りないように思える。しかしレース後の本人の口から出てきたのは、後ろ向きな言葉ではなかった。
金メダルを取れなくても大きな価値がある金メダル候補として注目を集めてきた東海林だが、今大会は不調に苦しんだ。初日の100mバタフライは予選で敗退。混合4×100m S14フリーリレーでは、アジア新記録の樹立に貢献したが、第1泳者の中では最下位だった。本来のダイナミックで伸び伸びとした泳ぎからは遠いのか、レース後は、頭を抱えたり、下を向いたりしていた。
最終種目となった200m個人メドレーも、予選は全体8位でギリギリの通過。決勝もレース前半は苦しんだ。最初のバタフライは4位だったが、ターンで遅れると背泳ぎで最下位の8位まで下がった。それでも後半は意地を見せ、平泳ぎで1人抜くと、最後の自由形では3人を抜いて4位でゴール。メダルには届かなかったが、力のあるところを見せた。優勝したのは、リース・ダン(イギリス)。東海林の世界レコードをコンマ14秒短縮する、2分8秒02を叩き出した。
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レース後、報道エリアに現れた東海林は、この大会での最後のレースを終えての感想をこう語った。
「悔いはありません。『金メダルを取って!』『もう一度世界新を!』と言われることもあったんですけど、パラリンピックに出られただけでも、本当にすごいこと。たとえメダルが取れなくても、パラリンピックという過酷な状況でも戦えたというのは、この先の人生でも胸を張って生きていけそうだなって思います」
世界記録を破られたことに関しても、「悔しくない」と言った。
リオ大会逃した悔しさを強さにほかのパラアスリートと同様、東海林にとっても、東京パラリンピックは強い思いで目指してきた舞台だ。自閉症スペクトラムの障がいがある東海林は、健常者とともに練習や試合を行う中で力をつけてきた。
2014年、高等養護学校1年のときに初めてパラ水泳の大会に出場して頭角を現すと、翌年からパラ水泳の日本代表に。しかし、出場が有力と見られていた2016年のリオ大会は、選考会で敗れて出場権を逃した。以降、その悔しさをバネに、東京大会を目標として躍進。日本記録や世界記録をマークし、2019年には前述の通り200m個人メドレーの世界記録を樹立し、東京パラリンピックの出場権を得た。今大会ではメダルを取れなかったが、世界の決勝で4位。その舞台にたどり着くまでの努力の証は十分に示した。
超人といえば超人だけど、人間決勝のレース前には、「他人は他人、自分は自分」と考えるように切り替えたという。重圧から解放されたようだった。今回は自国開催のパラリンピックで注目度が高く、周囲からの期待も感じていたはずだ。
5月のジャパンパラ水泳競技大会の際には、レース後の取材対応中にやや自虐的になり、
「オレはそんな有能な奴じゃないですけど、だから期待通りできねえなって少しは思ったんですけど。自分の中では」
と、期待と実像の乖離に苦しんでいる様子を見せていた。解決や成長のカギを探り続けてきたが、そのままパラリンピックを迎えたのかもしれない。
中学生のときから選手としての挑戦を続けてきた東海林。水泳をやめたいと思うこともあったという。そんな中で、アスリートとは何か、人間とは何か、と自問自答し続けていた。
「自分が本当に学びたかったのは、アスリートとは何かということ。その答えは、アスリートも一人の人間。アスリートは、超人といえば超人なんですけど、人間。超人と呼ばれるようなアスリートであっても人間です」
やり遂げ、ホッとした![](https://parasapo-wp-prd.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/wp/wp-content/uploads/2021/09/03164207/2021083112229_s.jpg)
大会期間中、競技以外では、メダリストとピンバッジを交換したり、2階建てバスの先頭に乗ったりと、楽しめたことも多かった。それで「少しは不安な気持ちが消えた」こともあった。
超人路線からスッと降りて、自分の力を発揮することだけに集中したからこそ、最後のレースの後半、意地を見せることができたのだろう。重圧との戦いを終えた東海林の胸にメダルはないが、「すべてのレースをやり遂げて、少しホッとしました」と言い、堂々と報道エリアを後にした。
text by TEAM A
key visual by Takashi Okui
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