「ちょっとずつ、いいこと増えたら…」バドミントン・里見紗李奈の人生照らす、2つの金メダル
パラサポWEB / 2021年9月8日 15時38分
東京2020パラリンピックの新競技、バドミントンで、日本は金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル5個、合計9つのメダルを手にする大団円で大会を締めくくった。
9つのうち2つの金メダルを獲得し、「強い日本」の象徴になったのは、車いす(WH1)の里見紗李奈。「よしっ」という元気な声と、弾ける笑顔でガッツポーズをとる23歳。単複で世界ランキング1位の座につく里見は、「どちらも金!」という大会前の言葉を有言実行してみせた。
パラの重圧、本当は恐かった2017年にパラバドミントンを始めた里見にとって、パラリンピックは心の勝負だった。2019年、世界選手権シングルスを制して以降、追われる立場になり、「プレッシャーはない」と口にしつつも、「金メダルを取らなくちゃ」という思いが自然に肩にのしかかった。パラリンピックのことを考えるたび、手が震えた。「本当は恐かった」という。
しかし、恐れがモチベーションに変わったのは、今大会のシングルスの予選リーグ。2戦目、勝つ自信のあった中国の尹夢璐(イン・ムロ)に敗れた。敗戦について里見は「油断していたわけでないんですけど……」と話すも、この試合では声があまり出ず、向かっていく気持ちが弱かったことを悔いた。
思わぬ黒星で心が揺れる里見を支えたのは、家族やトレーナーだった。試合後、里見は自ら連絡を取り、何気ない会話を交わした。
「これで気持ちを切り替えられた。私一人では難しかったです。お兄ちゃんの“緊張させないでくれ”っていう言葉も頭に残っていました」
すると、準々決勝では自分から積極的に攻めて、カリン・ステル エラト(スイス)に対して21-8、21-9と完勝を収める。続く尹夢璐との再戦では、2ゲームとも21-18で雪辱し、決勝進出を果たした。また、同時進行のダブルスでも、ペアを組む山崎悠麻と2人で「はいっ」と声を合わせ、こちらは無敗のまま決勝まで突き進んだ。
「勝ちたい」気持ちが呼んだ逆転劇![](https://parasapo-wp-prd.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/wp/wp-content/uploads/2021/09/08110833/GettyImages-1338204933.jpg)
そして迎えた9月4日のシングルス決勝戦。対戦相手は、里見が国際舞台にデビューしてから「勝ちたい」と思い続けてきたあこがれの選手、スジラット・ポーカン(タイ)だ。里見が「下手なところで負けない堅実な人」と評する通り、ここまで1ゲームも落とすことなく勝ち上がってきた。
1ゲーム目は、ポーカンがネット前で優位に立った。いつもは静かに戦う35歳のベテランだが、「13年間、パラバドミントンに取り組んできた総まとめとして、金メダルを取りたい」という思いを声に込め、正確にライン際に球を沈める。第1ゲームを14-21で落とした里見は、続く第2ゲームでも15-9から9連続得点を許し、15-18と一気に土俵際まで追い込まれた。
だが、里見はここで慌てずに、「がむしゃらに泥臭くやるだけ」といっそう声を出したことで、一本一本に集中できた。長いラリーを我慢して18オールに持ち込むと、無観客ながら会場にいる日本チームや日本人ボランティアから「いけるぞー」と声援を受け、再逆転に成功し第2ゲームを奪う。「ここまで来たら勝ちたいほうが勝つんだ」というコーチの言葉にも奮い立ち、ポーカンを前後に揺さぶって21-13で第3ゲームを制し、決着をつけた。この瞬間、場内にはいっそう大きな「よーっし!」の叫び声が響き、やがて里見の目には涙があふれた。
「本当に夢みたい。信じられないくらいうれしい。この日のこの瞬間のために頑張ってきたので、目指してきた金メダルを取れて最高にうれしいです」
シングルス決勝の翌日には、ダブルスの決勝戦が行われた。速さに勝る中国の尹夢璐/劉禹彤(リュウ・ウトウ)に対し、16-21、21-16、21-13の2-1で勝ち、シングルスとダブルスの二冠を達成。山崎と磨き上げたローテーションを出せる場面は少なかったが、集中的に狙われた里見が、「私が頑張るしかない」と尹夢璐に反撃し続ける大立ち回りが光った。「シングルスで銅メダルだった山さんに、金メダルをかけてあげたい」という願いも叶った。
「車いすになってよかった」と思える人生に![](https://parasapo-wp-prd.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/wp/wp-content/uploads/2021/09/08110835/GettyImages-1338360126.jpg)
2つの金メダルまでの歩みを振り返り、「健常者のときからは想像できないところにいるな」と思いを馳せた里見。2016年に交通事故に遭ってから、車いす姿を知り合いに見られるのが嫌で、引きこもりになった時期もある。バドミントンは、そんな里見を心配した父が娘を外に連れ出すための少々強引なツールだった。
それでも、いつしか羽根を打つことに夢中になり、金メダリストになった今がある。里見の母によれば、テレビ画面で娘の姿を見た父は、うれしさで泣きじゃくっていたという。里見は「父が泣いている姿はあまり見たことがない。やっていてよかった」と瞳を潤ませ、こう言った。
「ちょっとずつ、いいことが増えていくと、『車いすになってよかったな』と思える。これから先の人生は、『車いすになってよかった』と思える人生になるといいな、と思っていたんです」
edited by TEAM A
text by Yoshimi Suzuki
photo by Getty Images Sport
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