「嘘をつきたくない」がきっかけ。女子サッカー選手のSDGsアクション
パラサポWEB / 2021年9月21日 8時0分
SNSなどが発達して誰もが自分の意見を気軽に発信できるようになった現代。時にはその発言が社会を変える大きなうねりとなることも。一方で、発言が自分の意図とはかけ離れた捉えられ方をして、炎上してしまうといったリスクもある。テニスの大坂なおみ選手が政治的な発言をして賛否両論を呼んだことも記憶に新しい。そこで今回は、SNSで自ら同性のパートナーがいることを発信した、女子サッカー選手・下山田志帆さんに、社会を変えるアクションの価値について、お話を伺った。
始まりは「嘘をついて生きていきたくない」という心の叫び現在、スフィーダ世田谷に所属する女子サッカー選手の下山田志帆さんは、2019年の2月、SNSに「女子サッカー選手やってます。そして、彼女がいます」と投稿。その“カミングアウト”が、世界でも遅れをとっている日本のLGBTQをめぐる問題に一石を投じ、さまざまなメディアで取り上げられてきた。しかしカミングアウトのきっかけは社会を変えたいなどといった大きな目的のためではなかったと言う。
「カミングアウトした理由は、ドイツのチーム(ドイツ女子2部リーグSVメッペン)に所属していたことが影響しています。そこはLGBTQであることが特別ではなくて、当たり前の世界でした。その後日本に一時帰国した時に、今まで溜め込んできたモヤモヤが爆発したのが、あのタイミングだったんです。自分が嘘をついていること、そしてこれからも嘘をついたまま生きていくことが、耐えられなくなったからです」
とはいえ、カミングアウトするまでは、友達に嫌われるのではないか、チームメイトにパスを回してもらえなくなるのではないか、両親に縁を切られるのではないかなど、ネガティブなことを考えて悩んだこともあるという。
「でも結果的には、よくも悪くも何も変わりませんでした。私がカミングアウトしても、今まで積み上げてきた人間関係は変わらないということに気づけたことは、めちゃくちゃ良かったですし嬉しかったですね」
下山田さんが懸念していたようなネガティブな状況にはならなかった。しかし、日本ではまだまだLGBTQに関する理解は低く、世の中には以前の下山田さんと同じような悩みを抱えている人が今もたくさんいる。そんな現状を知った下山田さんはサッカー選手としての活動と並行して、LGBTQをめぐる問題に関する発言をSNS上で発信し続け、メディアのインタビューにも積極的に応じるようになった。
社会的アクションを起こす、世界のアスリートたち。日本は?2020年の全米オープン、人種差別による暴力で亡くなった黒人の名が書かれたマスクをして試合に挑む大坂なおみ選手 photo by Getty Images Sport
近年、下山田さんのようにアスリートが社会問題に関する発言をしたり、アクションを起こしたりすることが話題になっている。たとえば2020年8月、全米オープンテニス前哨戦の準決勝に出場予定だった大坂なおみ選手は、黒人差別の抗議活動の一環として出場を辞退(その後、大会側が試合を延期して試合は行われた)。さらに翌9月の全米オープンテニスで大坂選手は、人種差別や警察の暴力を受け亡くなった7人の黒人の名前が書かれたマスクをつけて試合に出場した。
また、サッカー界では、FIFA女子最優秀選手賞を受賞したアメリカのミーガン・ラピノー選手が2016年に試合前の国歌斉唱を拒否。これは人種の不平等や少数派への抑圧に対する抗議だった。LGBTQであることをオープンにしているラピノー選手は、この他にも多様性を認めることの大切さを訴えたり、サッカーにおける男女の賃金格差の是正を求める訴訟を起こしたりと、社会を変える活動を積極的に行っている。
こうした世界のアスリートの動きを下山田さんはどう捉えているのだろうか。
「ラピノー選手は同じサッカー選手としても単純にかっこいいなと思いました。ただ、これは私の想像ですが、アメリカには、制度であったり、周囲の人々の理解だったり、サッカー界の状況といった、あのかっこ良さを支えているものが沢山あると思うんです。残念ながら日本には、そうしたアスリートの言動をサポートしたり賞賛したりする土壌がまだまだできていないと感じます」
下山田さんが言う通り、日本ではスポーツ選手が政治的な発言をしたり、社会問題に関して私見を述べたりすると「そんな暇があったら練習しろ」「スポーツ選手はスポーツだけやっていればいい」といったネガティブな反応が多い。そうした日本の状況を変えるにはどうしたらいいのか?
「まずはスポーツ界が開けることが大事だと思います。日本はスポーツはスポーツ、政治は政治といろいろな業界がバラバラに動いていますが、お互いにどういう強みや弱みを持っていて、それをどう結びつけたら社会にとっていいことになるのかを考える必要があると思います。それにはまず、お互いのことを知ることが大切です」
と、業界やジャンルを超えた横の連携の重要性を訴える。さらにサッカーの女子選手の自己評価が低いことも問題なのではないかと下山田さん。
「発信すること」が、自分のモチベーションにつながる?2019年女子ワールドカップで優勝したアメリカチーム。中央でトロフィーを掲げているのがミーガン・ラピノー選手。 photo by Getty Images Sport
「2019年の女子ワールドカップのフランス大会に日本代表として出場した友人から聞いた話ですが、ラピノー選手をはじめとするアメリカ代表はみんな圧倒的に自信に満ちあふれて見えたそうです。そんな姿を見て、今回日本は優勝できないだろうなと感じたそうです」
というのも、ラピノー選手はワールドカップに出場する数年前からサッカー選手の男女の賃金格差を是正するための活動をしていて、良くも悪くもアメリカ中から注目を浴びていた。だからこそ、ワールドカップで自分たちが活躍すること、実績を残すことが社会にとっても国にとってもプラスになるという自負があったのではないか。それが彼女たちのモチベーションのひとつになっていたのではないかと下山田さんは分析する。実際、この大会でアメリカは優勝をしている。一方で、日本の女子サッカーは、選手の価値が低く見られがちで、それは仕方ないことだと思い込んでいる選手が多いと言う。
「日本女子サッカー界には社会を動かすポテンシャルがめちゃくちゃあると思っていますし、それだけの力がある選手がいるんです。ですが、多くの選手たちが『女子サッカーはそれほど注目されていないから、発言しても影響力はない』と考えているようです。確かにサッカー界に限らず女子スポーツ界は男性に比べて試合を見てもらうチャンスが少ないですから注目もされない。じゃあ、どうしたらいいのかといったら、選手一人ひとりが、自分でそのスポーツの魅力や自分たちがどういう人間なのかを発信していくしかないと思うんです」
これは、私たちにも参考になる話だ。ラピノー選手や下山田選手のような大きな一歩は踏み出せなくても、何か困っていること、おかしいなと思うことがあったら、まずは勇気を出してはじめの一歩を踏み出してみる。その一歩が自信となり、いずれは自分のモチベーションにも繋がるからだ。
「社会を変える」その第一歩を踏み出すには世界を変えるような大きな問題ではなくても、たとえば職場の環境を変えたい、この待遇は改善すべきではないか。誰しもそんなことを日常の中で感じる機会はあるだろう。しかし実際にそれを声に出して、状況を変えるには勇気がいる。その勇気ある一歩を踏み出すにはどうしたらいいのだろうか。
「本当に過酷な状況にいて、やりたいことがやれないという人は別として、もしもリスクを恐れているだけなら、とりあえずやってみたらいいと思います。ただその『とりあえずやってみる』は、私のように『いきなりカミングアウトする』ということではありません。私がカミングアウトしたときも、まずは親に話してみたり、その前に親に話してみようかなと友達に相談したりという小さなステップがいくつもありました。その積み重ねがSNSでのカミングアウトという大きなイベントに繋がったんです。いきなり大きなイベントを起こす必要はなくて、同じ悩みを持つ人が集まる場所に行ってみるとか、人に言いたくないなら、それに関する本を読むでもいいと思います」
日本のスポーツ界は監督や先輩から学ぶことが多く、伝統や風土といったものがそのコミュニティの中で受け継がれていく。それはとても貴重なことではあるが、一方で伝統に異議を唱えることや、変えることは容易ではない。
「そうした閉じた状態を打開するには、どれだけ多くの人と交流できるかということだと思います。私の場合はLGBTQであることを我慢して言わないのが当たり前だと思っていましたが、ドイツに行って多くの人と出会ったことで、実は当たり前ではないということに気づけました。発信する前は一人だと感じるかもしれませんが、しっかり自分の“軸”を持って発信していけば仲間は集まってくるものだというのが私の実感です」
下山田さんのSNSでの発信や、インタビューでの発言は確かに“軸”があるが、誰かの発言を否定したり意見を対立させたりはしていない。
学び、発信し続けることで自分をアップデートする下山田さんは「こんな生理用品が欲しい!」という女性アスリートならではの悩みを解決すべく、友人と会社を立ち上げ、吸収型ボクサーパンツ「OPT」を開発。アスリートだけでなく、多くの女性の支持を集めている
「わたしが発信する際に一番気をつけているのは、LGBTQの声を代表しているという風に捉えられないようにしようということです。LGBTQといってもいろんな方がいるので、あくまでも私の発信は私の意見だということ。そして、そうではない考えを持っている人の意見も尊重したい。そしてLGBTQが理解できないという人のことも、否定するのではなくて、なぜそう思うのかというところまで寄り添いたいと思うんです。そう思えるのは、やっぱり私を理解してくれる人たちが身近にいるからなんですけどね」
そうやって発信し続けることで、下山田さん自身も自分の考えが変化していることに気づくと言う。
「発信も単発で終わってしまうと、それだけで『この人ってこういう人なんだ』と決めつけられてしまうこともあるけれど、発信を積み重ねることで徐々に理解してもらえるということがあると思うんです。私は2年ほど前から、noteに投稿し続けているんですが、私の投稿に専門的なコメントをくれる方もいて、それを読んで自分も確かにそうだなと思って、次の投稿を書くこともあります。そんな風に自分自身もアップデートしているので、2年前の投稿を読み返してみると、今の自分の考えとは全然違ったりすることもあります。そうやってアップデートできることは価値があると思うし、私のそうした姿を見た人に、人はどんどん学んでいくことが大事だし、たとえ間違った発言をしたとしても、それを認めて変わっていくことが大切だと感じて、一歩を踏み出してもらえたらいいなと思っています」
下山田さんはnoteの第1回にこんなことを書いている。
この時は下山田さん自身でも具体的に見えていなかったsomethingが、2年経ったいま確かな形になってきている。LGBTQで悩んでいる多くの人が彼女の言葉に勇気を貰った。LGBTQのことを知らなかった人や否定的だった人たちが、興味を持ったり少しでも理解を深めたりすることができた。
2年前、一歩を踏み出したことから、下山田さんの環境は大きく変わった。その道のりは決して平坦ではなかったはずだが、彼女は今の状況がとても楽しくやりがいを感じていると言う。どんな小さなことでもいい。気になる社会課題があったらまずはアクションを起こしてみてはどうだろう。それが、自分自身のモチベーションにつながり、未来の幸せへと繋がるかもしれない。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Keiji Takahashi
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