東京2020大会ホストタウンで生まれた選手との絆。コロナ禍でのおもてなし秘話
パラサポWEB / 2021年12月6日 7時30分
世界的なパンデミックという特殊な状況の中、東京2020大会は無事に幕を下ろすことができた。その裏には多くの人たちの努力と協力があったのだが、そのひとつがオリパラ史上初の試み「ホストタウン」。ホストタウンとなった(日本国内の)地域が、大会に参加する選手の事前合宿を受け入れるほか、受け入れた国と地域の住民とがスポーツ、文化、経済などの多様な分野で交流して絆を深めるとともに、地域の活性化を目指していくという新しい取り組みだ。コロナ禍の中での対応は想像以上の苦労とドラマがあったようだが、そうした状況下で生まれた予想外の絆もあるという。そこで今回、ホストタウンとして海外選手とその関係者を迎え入れた、2つの自治体にお話を伺った。
リモートでどうおもてなしするか、が課題に。思考を巡らせ実施したアイデアとは?ー共生社会ホストタウン・石川県小松市ー 誰もが安心して暮らせるまちづくりに取り組んできた小松市
パラリンピアンの受け入れを機に共生社会の実現に向けた取組を推進する「共生社会ホストタウン」として登録した石川県小松市の「木場潟カヌー競技場」は、NTC競技別強化拠点となっている。ここでは日本選手権やオリンピックのアジア地区最終予選会など国際大会が開催されている。東京2020大会ではパラリンピックで以下の5カ国からパラカヌーの選手や関係者、合計36人を迎え入れた。
・イギリス (選手7人 スタッフ等8人)
・カナダ (選手2人 スタッフ等3人)
・フランス (選手3人 スタッフ等4人)
・ポルトガル(選手2人 スタッフ等2人)
・ニュージーランド(選手2人 スタッフ等3人)
小松市が「共生社会ホストタウン」として登録した背景には、近年住民の高齢化により、高齢者や障害者手帳の所持者が増えてきていたという現状があると、小松市役所地域振興課の藤本課長。
「そういう世の中だからこそ、年齢、性別、国籍、障がいの有無に関係なく誰もが安心して暮らせるまちづくりに取り組んできました」(藤本課長)
たとえば、ハード面では木場潟カヌー競技場の乗降艇浮桟橋にスロープを設置。さらにバリアフリートイレの新設や競技場内の舗装整備など、パラアスリートが快適に練習できる環境を整えた。ソフト面では、市内の幼稚園や小中学校でオリパラ教育を実施。コロナ禍前には選手と子どもたちが交流する機会も設けるなどして、準備は着々と進んでいた。
このようにまちづくりから始まったことが「共生社会ホストタウン」に合致し、北陸で初めて登録。東京2020大会を迎えるためさらに準備を整えてきた。
離れていても応援したい。動画を活用したメッセージやオンライン交流でおもてなし新型コロナウイルス感染の世界的な蔓延により、予定していたおもてなしや、選手たちとの交流イベントのほとんどが中止となってしまった。そんな中、事前準備を進めていた小松市役所のスタッフの脳裏をよぎったのは、コロナ禍前の事前合宿で小松市を訪れた選手と触れ合ったときの、子どもたちの笑顔。オリパラ教育や選手たちとの交流の中で芽生えた海外の国やパラアスリートへの思いを、もっと育んであげたい。そこで市内の幼稚園の協力のもと、園児たちの応援メッセージ動画を国ごとに制作。園児たちが「よさこい祭ソーラン節」にあわせて踊りを披露したり、各国の言葉で応援メッセージを送ったりして応援した。
■カナダ https://www.youtube.com/watch?v=MQPyBLmG1Vs
■イギリス・ノルウェー
https://www.youtube.com/watch?v=HP-hb1gG0Hc■ニュージーランド・モザンビーク
https://www.youtube.com/watch?v=M55e71hV2LIその他、リモートではあったが、書道や浴衣の着付け教室、石川県ならではの金箔貼りなどの体験会などを行い、日本のカルチャーに触れてもらう機会を作った。書道体験では「勝」という縁起のいい文字や自分の名前をカタカナで書くなどして選手たちは楽しみ、大会前の緊張をほぐしたそうだ。
こうした応援の甲斐があり小松市に滞在したパラカヌー選手16人うち、9人がメダルを獲得しているということから、小松市での事前の調整がうまくいったことがうかがえる。実際、小松市の温かなもてなしをSNSで紹介しているアスリートもいる。
https://twitter.com/LauraSugar1/status/1428969964933763072
メダリストは木場潟から木場潟で合宿をした選手がメダルを獲得した際には90センチ×180センチもある巨大な紹介パネルを作って多くの人が目にする園路に設置。大会終了後にはその数が12枚にもなり20メートルを越えるビクトリーロードとなった。
小松市内外から年間80万人が訪れる「木場潟公園」には、市民も普段から馴染みのある公園。身近な公園から多くのメダリストが輩出されたことを知ることにより、木場潟が世界のトップ選手が認める競技場であり、「カヌーの聖地」だということを市民が改めて実感する機会となった。
ホストタウンという経験を通し、小松市民だけでなく、市民と選手、さらには小松市と各国の絆が深まったという。この絆をレガシーとして未来へ引き継ぎ、今後も共生社会の推進に取り組んでいきたいと小松市役所の皆さんは笑顔で語ってくれた。
コロナ禍だからこそ深まった絆。24時間体制の対応で困難を乗り切ったー福島県猪苗代町ー 野口英世が縁で繋がった猪苗代町とガーナ
福島県猪苗代町(いなわしろまち)とガーナ共和国。一見、なんの繋がりもなさそうだが、実は猪苗代町は黄熱病の研究に生涯を捧げた野口英世生誕の地であり、ガーナ共和国は彼の終焉の地だ。そのためガーナの大統領が猪苗代町を訪れたり、ガーナの高校生のホームステイを受け入れたりするなど、20年以上も交流を続け親交を深めてきた。
だからこそ2015年に東京2020大会のホストタウン1次登録が始まったとき、猪苗代町は真っ先にガーナ共和国の受け入れ先として立候補をしたそうだ。そして「共生社会ホストタウン」として正式に登録が決定してからは、猪苗代町の生涯学習課社会体育係の古川透さんをはじめとする職員が中心となって受け入れの準備を進めていた。しかし新型コロナウイルス感染の世界的パンデミックにより、おもてなしや選手たちとの交流ではなく、感染防止対策を徹底する準備を余儀なくされたのだった。
来日直後、コーチにまさかの陽性反応今回、猪苗代町が受け入れる予定だったのはパラリンピックに出場するガーナの選手3人、スタッフ7名の合計10名。選手団は事前の練習合宿もあるため8月8日の夜に成田空港に到着。しかし深夜12時過ぎ、猪苗代で待ちわびていた古川さんのもとに、東京に出迎えに行っていたスタッフから思いもよらない連絡が入った。
―――新型コロナウイルス検査でコーチ1名が陽性反応。
この知らせを受けた古川さんはすぐに上司と相談をし、選手の宿泊先となっているホテルリステル猪苗代に相談。場合によっては宿泊を拒否されることも想定していたそうだ。しかし、報告を聞いたホテル側は受け入れを即決。ホテルの担当だった副田幸也副支配人と営業部販売課の小松吾大さんは「会社の方針として、受け入れない、お帰りいただくという選択肢はありませんでした」「ただ、どうやったら受け入れられるのかということを、夜中の2時、3時まで話し合いました」と当時のことを振り返る。
そこから保健所などの指導に従い、ホテルのワンフロアを選手団専用にして隔離。選手たちはその間、自室から1歩も出ることはできなかった。そのため、食事は用意した弁当などを古川さんたち町の職員が部屋に届け、ゴミや寝具の回収なども行った。
「ホテルの方々がやると言って下さったんですが、そこまで甘えるわけにはいかないのでできる限りのことは我々がやることにしたんです」(古川さん)
こうして古川さんたち町役場の職員は5日間の隔離期間中、選手たちと同じフロアに部屋を借り24時間体制で対応をしたのだった。
過酷な状況から生まれた、かけがえのない絆無事に隔離期間を終え選手たちが練習を開始すると、古川さんたちは毎日の抗体検査の他に練習場までの送迎などを担当。一方、ホテルでは一般客や従業員と動線を分けるため、選手たちが移動する際は、従業員用のエレベーターを使った。しかも従業員やホテルに出入りする業者と鉢合わせしないために、選手たちが利用する時間帯は他の人の利用を止めるなど細心の注意が払われた。毎日のように顔をあわせるうちに、古川さんは選手たちから「トオルさん!」とファーストネームで呼ばれるようになり次第に距離が近くなったと言う。
こうして無事に選手を東京に送り出せたことで、副田さんたちホテルのスタッフは、無事に役目を終えられたことに安堵するとともに、この体験によって大切なものを得られたと話してくれた。
「陽性者が出たと聞いて、ホテルとしてすぐにプレスリリースを出しました。それによってホテルに問い合わせがきたり、キャンセルのお電話をいただいたりもしました。営業担当の私としては少なからずホテルや他のスタッフに迷惑をかけてるなという罪悪感があったんです。でもホテルのスタッフは誰もそれを責めたり、嫌な顔をしたりしなかったんです。それどころか『疲れてる? 大丈夫?』と労いの言葉をかけてくれる人がたくさんいました。濃厚接触者の方と接触しているかもしれない私たちに嫌な顔もせずにサポートしてくれた仲間や家族には感謝しかないです」(小松さん)
「この経験を活かして、私は古川さんたち町役場の方と家族になれたと思っています。コロナの陽性者が出るという難しい局面ではありましたが、こういう困難な状況だったからこそ、選手団や町役場の方、うちのスタッフがみんな一つになれたんじゃないでしょうか。もし平時に選手をお迎えしていたらこんな気持ちにはなれなかった。みんなで苦労をしたからこそ、今後に繋がる宝物ができたと思います」(副田さん)
この話を聞いた古川さんは「選手団から陽性者が出たということは、当然メディアにも取り上げられるでしょうし、その選手を宿泊させるということはホテルにも、何らかの影響があったはずです。それでも受け入れると言ってくださって、温かく選手を迎えてくださったホテルの方々には頭が上がらないです」と、感謝の気持ちを語ってくれた。その目はこころなしか潤んでいるように見えた。コロナ禍でのホストタウンという役割は選手だけでなく、関わったすべての人の絆を深めたようだ。
ホテルリステル猪苗代では客室に折り鶴を置くサービスをしている。それを見たガーナの選手たちが折り紙に興味を持ち、練習の合間に古川さんたちから折り方を習ったそうだ。そして猪苗代町を発つ際に、ガーナの選手団は自分たちで折った折り紙を町にプレゼントし、町からは町内の子どもたちが作った折り鶴のレイ(首などにかける装飾品)が選手たちに贈られた。東京2020パラリンピックの開会式、入場するガーナの選手たちの首には、鶴のレイがかかっていた。その小さな折り鶴こそ、東京2020大会で生まれた絆の象徴だったのではないだろうか。コロナ禍という困難な中でホストタウンという大役を果たした日本全国の自治体で、こうしたたくさんの絆の芽が生まれたに違いない。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
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