マンガの世界を現実にする「超人スポーツ」とは
パラサポWEB / 2022年1月31日 7時15分
2021年はコロナ禍という過酷な状況の中、東京2020オリンピック・パラリンピックが行われ、多くの人に夢や希望を与えた。そこから見えてきたのは、人間の持つ可能性とエンターテインメントとしてのスポーツの素晴らしさ。この2つに早くから注目し、新時代の新たなスポーツを開発している集団がある。その名も「超人スポーツ協会」。この共同代表の1人・中村伊知哉氏と、超人スポーツ協会ディレクターの安藤良一氏にお話を伺った。
スポーツ音痴が生み出した新時代のスポーツ超人スポーツ協会、共同代表の1人・中村伊知哉氏
超人スポーツとは、テクノロジーで人間の機能を拡張させ、誰もが超人になれるスポーツを開発して楽しむというプロジェクト。
「オリンピックで行われているようなスポーツのほとんどが19世紀以降の農耕社会にできたものです。21世紀は情報社会と言われ、ITやデジタルに関わる人たちはいろんなものを生み出してきましたが、そういえば新しいスポーツを生み出していないんじゃない? じゃあ何かを生み出そうということになったんです」(中村氏)
そう思いついたのがMITメディアラボで客員教授も務めたことがある中村氏をはじめとするITやデジタルに造詣の深い人々だった。メンバーのほとんどは部屋にこもってパソコンの前にいるような生活を送っており、スポーツに対する苦手意識がある人が多かったそうだ。だからこそ、テクノロジーの力を使って超人となり、スポーツの得意・不得意や、肉体的違い、性別、年齢などのハンディをなくし、誰もが楽しめるスポーツを作ることを目指したのだった。
超人スポーツの発想の源はポップカルチャー超人スポーツの1つ「HADO」。AR技術とモーションセンシング技術により人体を拡張した対戦型スポーツ。エナジーボールとバリアを駆使して、相手プレイヤーのライフを削る。©HADO by meleap inc.
超人スポーツ協会では、これまでに50近い新たなスポーツの開発をサポートしているが、超人スポーツとして協会が認定するにはいくつかの要件がある。ひとつはバーチャルでも何らかのテクノロジーを使っていること。ふたつ目はそのテクノロジーによって人間の身体の機能を拡張していること。そして中村氏らが最も重視しているのは一定の規則に従った「競技」であるということだ。さらに最終的に超人スポーツとして認定されるかどうかは、単なる鍛錬が目的ではなく、ゲームとして楽しく成り立っているかが重要なのだという。
たとえば、以前パラサポWEBでも紹介した「HADO」(https://www.parasapo.tokyo/topics/30396)もそのひとつ。世界的な超人気漫画『ドラゴンボール』に出てくる必殺技「かめはめ波」を打ってみたいという夢を実現した対戦型のeスポーツの一種だ。
「超人というと、多くの人がマンガやアニメ、ゲームなどポップカルチャーのキャラの名前を挙げたんです。僕らの世代で言えば、野球アニメ『巨人の星』に出てくる消える魔球。ああいうボールを投げてみたいという夢が知恵とテクノロジーを使えば可能になる。しかも、肉体や年齢、性別などの違いに関係なく、誰もが超人になれるわけです」(中村氏)
©HADO by meleap inc.その顕著な例を中村氏が紹介してくれた。「HADO」の大会を慶応大学で開催した際、ゲストとして参加したレスリングの金メダリスト吉田沙保里選手が6歳の子どもと真剣勝負をして負けてしまったのだ。
「そのあとしばらくして吉田選手が引退されたので、その影響かなと申し訳なく思いました、というのは冗談ですが(笑)。でも、超人スポーツならば6歳の子どもが吉田沙保里さんに勝つこともできるんです。パラスポーツの世界は、走り幅跳びのマルクス・レームという義足の選手が、オリンピックの優勝記録を上回る成績を出しています。こうなってくると健常者と障がいのある人を分ける壁のようなものは、もう崩れてきていると思うんです」(中村氏)
極端な話をすれば、健常者が義足のような機械を身につけ、人機一体となって義足の選手と対等に勝負をする。そうしたスポーツのジャンルがあってもいいのではないかと中村氏たちは考えているのだ。
今、注目の超人スポーツ「スピリットオーバーフロー」「スピリットオーバーフロー」のプレーシーン。対戦しているのはカヌーの競技者とパラカヌーの競技者。©Spirit Overflow by KINIX
最近、世界的にも注目を浴びている超人スポーツのひとつが、ディレクターの安藤良一氏らが開発した「スピリットオーバーフロー」。近未来の東京を舞台にしたバーチャル空間で、自転車を使って陣取り合戦をする多人数参加型オンラインeスポーツだ。
「スピリットオーバーフロー」の開発者の一人、安藤良一氏。「同一サーバー上であれば国などに関係なく誰でも快適に競技ができます。プレイヤーはプレー方法を選択することができて、ひとつは自転車のような形状をしたものに乗ってハンドルを操作することでバーチャル空間上の自転車を動かす方法。もうひとつは身体にセンサーをつけて体の傾きで操作するもの。こちらは下肢障がいのある方でもプレーすることができます。プレー中はアバターのようなものが表示されるので、対戦している相手が女性か男性か? 車いすの人かなどは基本的にはわからない仕組みになっています」(安藤氏)
この競技をデジタル庁設立記念シンポジウムに出して実際にオンラインでプレーをしたところ、アメリカやロシアをはじめとする海外を含め、9万4000ビューという驚異的な反応があったそうだ。
「近代オリンピックを始めるときに、創立者のクーベルタン男爵が、『より速く、より高く、より強く』と言ったのは有名ですが、今はそれだけでないと思うんです。たとえば、『スピリットオーバーフロー』のようにより広くとか、あるいはより面白くとか、いろんな軸があっていい。その軸が公平でみんなが納得のいくものだったら、テクノロジーを使ってもいいし、どんなスポーツでもいいと僕は思うんです」(中村氏)
超人スポーツにはこうしたバーチャル空間でプレーするeスポーツ的な競技もあるが、リアルなフィールドでプレーするものもあり、今後のさらなる広がりと可能性を予感させる。
スポーツの未来、東京2020大会が遺したレガシー「岩手発・超人スポーツプロジェクト」より生まれたロックハンドバトルの制作風景。スポーツクリエーションを通した創造人材の発掘・新しいコミュニティの創出を目指している。
中村氏は、今後eスポーツと超人スポーツの世界がだんだん融合していくと考えている。一方で超人スポーツによって「スポーツ」というこれまでの概念が刷新され、あらゆる人が一緒に同じスポーツをプレーする時代は、5年後、10年後になるかもしれないと言う。
「超人スポーツがもっと普及して世界大会が開かれるようになるには、ふたつのことが必要だと思っています。ひとつは世界のトップレベルの競技にすること、つまりプロフェッショナル化ですね。たとえばHADOのプロリーグが出来て、選手が世界的に活躍しているというような状態を作り出すこと。もうひとつは誰もが手軽に楽しく、それを体験して、試合ができるという環境を作ること。それを同時に進めるのは時間がかかりますが、どちらも大事なことだと思っています」(中村氏)
そして、いつかオリンピックとパラリンピックの選手が一緒に参加できる超人スポーツの世界的な大会を開催したいのだそうだ。その手応えを中村氏は今回の東京2020大会で感じていた。
「新型コロナウイルスの影響で、ほとんどが無観客試合でしたが、それでもちゃんと試合は成立しました。今後は大金をかけて大きなスタジアムを作って観客を一箇所に集める必要はないかもしれない。それが進めば、選手だって一箇所に集まる必要はないかもしれません。ある競技はどこかにセンターがあって、選手は世界中からオンラインで参加する、そんな時代が来るかもしれないという可能性、レガシーを東京2020大会は遺してくれたんだと思います」(中村氏)
超人スポーツのアイデアの源となっている漫画やアニメ、ゲームは日本が世界に誇るポップカルチャーのひとつ。だからこそ中村氏は「ポップ&テクノロジーで自分の体を進化させるという考えは日本が世界の本場だと思っています。世界の人が日本は面白いことをやっているんだねって思うようなものをみんなで作っていきたい。みんなで作ってみんなでプレーするのが超人スポーツなので、関心があればどんな形でもいいので参加してほしい」と言う。いつか、超人スポーツの世界大会が開催される日が来たら、アスリートではない私達も日本代表として参加できるかもしれない。そんな夢のようなことを実現させてくれる「超人スポーツ」にこれからも注目したい。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
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