原始時代がヒント?疲れない身体の仕組みとは
パラサポWEB / 2022年2月7日 7時15分
コロナ禍により、リモートワークや断続的に強いられる引きこもり生活で身体を動かす機会は圧倒的に減っている。そんな中で身体が悲鳴を上げているという方も多いのではないだろうか。不調を感じている人に「原始時代の人間の状態をイメージする」ことを勧めるのが、メディカルトレーナーの夏嶋隆氏。多くのトップアスリートが門を叩き、ケガや疲労から解放されてきた。そのノウハウを教えていただこう。
滑ってひねったから痛いのではない!? ケガの原因の大いなる誤解©︎Shutterstock
アスリートには疲労やケガがつきもの。これまでプロサッカー、プロ野球、バスケットボール、格闘技、陸上競技などさまざまな分野のアスリートが夏嶋氏のもとを訪れた。ケガをして、明日の試合までに何とかならないかと、切羽詰まって助けを求める人もいる。こうした中、ケガについて誤解している人も多いのだそうだ。
「たとえば、捻挫をしてしまったという人は、どこでどのように捻挫してしまったかを一生懸命語ります。人の足を踏んでしまったとか、床に垂れた汗で滑ってこっちにひねってしまったとか。もちろん、その通りではあるのでしょうが、原因は違うところにあります。そもそもひねったぐらいで、滑ったぐらいでそんなに足が腫れますか? という話なんです。根本の原因を見ないで、氷で冷やしたり、動かすと痛いから固定したり、そうすれば一時的に楽にはなるでしょうが、治ることにはならない。そのケガや疲労の根本にある理由を探って治すのが私の仕事です」(夏嶋隆氏、以下同)
夏嶋氏が特に注目するのが足だ。上記の捻挫した人の場合、足を見ながら「外反母趾ですね?」とか「小指が使いものになっていないから、こんなに腫れるんですよ」などと分析を行う。というのも、人間の足は原始時代と比較して相当退化しているからなのだそう。
「生まれてすぐの赤ちゃんの足は、指が自由に動きます。足の裏を触るとギューッと触った指を握ってきます。要するにサルと変わらない状態。四つ足の動物と変わらない足を持っていたんだけれども、靴を履いて歩き文化的な生活を送り始めると本来の習性を失ってしまいます。それが退化。靴下や靴で保護されている足は退化の一途を辿り、その結果ケガをするようになるんです。だから私がするのは痛みやケガを治すことではなく、人間が本来持っている治癒力を取り戻すお手伝いをすることなんです」
重力に適合する姿勢を取れば、人は疲れない©︎Shutterstock
足の退化を止め、本来の身体を取り戻すには、30分裸足で歩くといいのだそうだ。ただしそれは、人工物じゃない場所に限られる。フローリングの床やアスファルトではいくら裸足で歩いても効果はないらしい。
「たとえば、釘やガラスなど危険物がない山道、海の近くの方は砂浜でもいいですね。30分裸足で歩くだけで軽い肩こりや腰痛などは治ってしまいます。本来の人間の身体を取り戻すとは、イメージ的に原始時代を想像するとわかりやすいのではないかと思います。もちろん私だって原始時代の生活なんかしたことないですが、想像するだけでも違うのではないかと思います」
著書『疲れないカラダ大図鑑』P109より山や砂浜を裸足で歩くというのは、少々ハードルが高いが、夏嶋氏の著書『疲れないカラダ大図鑑』(アスコム)には長時間立ちっぱなし、座りっぱなしでも、重い荷物を持ち続けたり、坂道で自転車を漕いだりしても疲れないスゴ技ノウハウが100余り紹介されている。自分が気になるものから試してみるのがお勧めだそうだが、ポイントはいくつかある。
「人が疲れるのは無理な姿勢をとっているからなんです、たとえば猫背を気にして無理矢理姿勢を作っても、その人に合っていなかったら必ず肩や腰に負担がかかって肩こりや腰痛になります。大事なのは重力に適合する姿勢をとることなんです」
重力に適合する姿勢とは何かを知るには、自分の真上からカメラで自分を撮影していると想定して、真上から写した自分の姿ができるだけ小さな面積に収まっているようにすること(参照:下記の図)。前屈みになってしまったり、逆に背中が反ってしまっていても、面積は広くなってしまう。人の頭の重さはスイカ1個ほど。その重さを無理なく支えるには、耳、肩、骨盤の中心が一直線上にあると良いのだそうだ。
著書『疲れないカラダ大図鑑』P33よりそしてもうひとつ大事なのは、足首、手首、足指の3つの部位を人体の構造に即した使い方をすることだという。
「具体的に言えば、歩くとき足首を鋭角にしない、座るとき足指のつけ根を折らない、手を動かすとき手首を甲側に曲げないということです。足首を鋭角にするとふくらはぎの筋肉が緊張し、それが太腿から腰、腰から全身へと伝わって、腰痛や肩こりの原因になります。足指も足首同様に、足指のつけ根を折ると筋肉が緊張してそれが全身に伝わります。上半身にダルさや痛みを感じる人は“手首にシワ”ができていることが多いんです。こうなる原因はパソコンやスマホの操作、車の運転、頬杖など日常生活のさまざまな場面に潜んでいるので、疲れの原因を減らすためにも、手首を曲げないように心がけることが大事ですね」
著書『疲れないカラダ大図鑑』P40より 日本人の6割は慢性的に疲れている©︎Shutterstock
大勢のアスリートが夏嶋氏を頼り、疲労やケガの回復を遂げているのは、氏の専門である「動作解析」の研究の成果だ。それは、人間の動作を観察・記録して、運動学や解剖学、物理学に沿った「人体構造に合った正しい動作」を検証し、スポーツの現場に還元するもの。それを学ぼうと思ったきっかけは自身の身体の不調がきっかけだった。
「実業団のバレーボール部のコーチをしているときに、左大腿部のつけ根にしこりができて、痛くはないんですが診察を受けたら取った方が良いと言われて手術をしたんです。手術は成功しましたが、だんだん左足の感覚がなくなってきて、つねっても痛くない。それまで膝の痛みがあったんですが、それがなくなったのは良かったものの、今度は歩いているとつまずいてしまう原因不明の症状に悩まされるようになりました」
日に日に足が自分の意志で動かせなくなり、結局コーチも辞任を余儀なくされる。チームを国体優勝にまで導いた仕事を失ってしまったのだ。大きな挫折と言っていいだろう。
「大学病院で検査しても原因はわからず、このまま一生車いす生活か……と思っていたところ、知人からある元軍医の先生を紹介されたんです。うつ伏せになって、右足を動かしなさい、今度は左足を…などと言われて、うつ伏せなので先生が何をしているかは見えなかったんですけれども、そのうちに動かなかった左足が動くようになり、あっという間に立てるようになりました。半年間立っていなかったので、立ち方も忘れていたぐらいだったんですが」
この体験をきっかけに、自身と同じようにケガに悩まされているアスリートの力になろうと「動作解析」の道に進んだのだという。文部科学省の疲労研究班が行った調査によると、日本人のおよそ6割は「慢性的な疲れを抱えながら暮らしている」そうだ。コロナ禍でただでさえ精神的にも追い詰められる日々、夏嶋氏のノウハウを参考に、身体の疲れを取り元気に毎日を過ごしていきたい。
話の最後に、夏嶋氏は昨年東京2020大会で、さらに注目が集まっているパラスポーツにも言及した。大会を見ていたとき、障がいのあるアスリートの重心が気になったのだという。腕や足などを失うと自ずと体の重心が変わってくるので、それをコントロールするトレーニングをすればもっと記録が伸びるのではないかと考えたのだそうだ。今後、パラスポーツの世界での動作解析の可能性にも期待したいところだ。
<参考図書>『疲れないカラダ大図鑑』
夏嶋 隆著/アスコム
日本のトップアスリートたちの活躍を数十年にわたり支えてきたトレーナーが考案した疲労を回復する100のメソッドを公開。大量の荷物を持って歩き続けても、10時間のスタンディングワークでも、連続ドラマをぶっ通しで見続けても疲れない驚きの方法の数々。できるところから、悩みを抱えている部分から試して見ると、いつも行っている作業が驚くほどラクになるはず。
PROFILE 夏嶋 隆(なつしま・たかし)
1957年、大阪府出身。メディカルトレーナー。動作解析専門家。大阪体育大学サッカー部、関西国際大学サッカー部トレーナー。
大学を卒業後、実業団バレーボール部の指導者としてキャリアをスタート。しかし、医師に完治不能と言われた怪我を負い道を断たれる。かつて旧日本軍の軍医も務めていた医師のもとで治療を受けるとみるみる回復。その治療方法と、患者に真摯に向き合う姿勢に感銘を受け、同医師に師事。そこでの経験をもとに、人間の動作を観察・記録し、科学的アプローチを背景にした、人間が本来持つ力を十分に引き出す動作解析の専門家として活躍を始める。アスリートからの支持は絶大で、指導を受け活躍する現役のプロ選手は、サッカー界だけでも30名以上。現在も、スポーツ界の発展に尽力し、また、医者もあきらめる怪我を負った人を救い続けている。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
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