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世界が絶賛!若手日本人デザイナー制作のユニバーサルソファ誕生秘話

パラサポWEB / 2022年3月22日 7時45分

ゴールド、シルバー、ブロンズの帯のような3つのテーブルが際立つ、【Band Sofa】と名付けられたこちらのソファは、世界で最も権威のある世界3大デザインアワードのうち、2つ受賞するという快挙を成し遂げた。制作したのは、日本人のデザインユニット「wah」の脇坂 政高氏と八田 興氏だ。車いすユーザーと健常者のコミュニケーションがとりやすいように工夫されたこのソファは、多くのパラアスリートが活用しているパラスポーツ専用体育館「日本財団パラアリーナ」のエントランスに設置され、存在感を放っている。

誰もが使いやすくモチベーションが向上するというこちらのソファ。そのスタイリッシュなルックスに秘められた、デザインのアイデアとは? 制作秘話とともにお二人が考える、これからのデザインのあり方についても伺った。

「日本財団パラアリーナ」に設置された「Band Sofa」。新国立競技場の整備事業建設現場の職長会が中心となった作業員の飲料空き缶・ペットボトル等の分別徹底等の「リサイクル活動」による寄付金を活用して制作された。ドイツのデザインアワード「iF Design Award」、「Red Dot Design Award」を受賞したほか、国内では、「JID Design Award」を受賞し、「JIDA Design Museum Selection」にも選出された。 デザインの方向性を決定付けた、パラアスリートとの有意義な対話
デザインユニット「wah」の脇坂 政高氏(左)と八田 興氏(右)。

――お二人が手掛けた【Band Sofa】は、ドイツの有名なデザインアワード「iF Design Award」、「Red Dot Design Award」に入賞するなど、世界的に評価されることとなりました。このソファは元々日本財団パラアリーナに設置されることが決まっていたということで、パラアスリートの方が使用することを想定されていたと思いますが、どのような流れでデザインが決まっていったのでしょうか?

八田:ソファを作るというお話をいただいたときに、まずはパラアリーナを見学させていただきました。そのときちょうど車いすバスケットボールの選手や車いすラグビーの選手が入れ替わるタイミングで、いろいろな競技の方が集まっていました。ただ、選手たちは接点があまりない様子で、多種多様なバックグラウンドを持った競技者同士が、もっとコミュニケーションを取れる「場」が必要だと感じました。パラリンピックで良い結果を残そうと、同じ目標を持っている選手たちが同じ場を共有して交流し、絆を作る、そういった「宿り木」みたいな存在になればいいなと。

脇坂:具体的な指示のある通常のデザイン依頼と違って、今回はソファを作ってほしいという漠然とした依頼だったので、まずはキーワード探しを最初に行いました。色々とヒアリングを続けていく中で、やはりデザインの軸となるのは「コミュニケーション」だということが分かってきました。

八田:ちなみに【Band Sofa】という名前は、メダルを首にかける帯の「バンド」という意味のほかに、絆を繋ぐという意味での「バンド」という裏テーマもあります。

脇坂:とにかくデザイナーの独りよがりの視点にならないよう、使う人たちはどういう人なんだろうと、実際に障がいのある方やスタッフの方と会ってたくさんヒアリングを行いました。

八田:ユニバーサルデザインも通常だと、健常者の視点から色々な人が使えるようにと考えがちですが、今回は実際に使用する方が車いすユーザーだったりと、かなり具体的だったので、実際に彼らにどんなものが欲しいのか、使いやすいのかを聞いていくことで色々と見えてくるものが多かったです。

――今回のソファを手掛ける前から、障がいのある方とコミュニケーションをとる機会はありましたか?

脇坂:私の場合は勤めている会社でユニバーサルデザインを担当しているということもあり、多様性を意識したデザインは身近な存在ではありますが、実際にパラスポーツの競技者と会うことは今までありませんでした。ここまで自分たちが想像しているものとギャップの差があるんだということをすごく感じましたね。話を聞くと目から鱗のことがたくさんありました。

――たとえばどんな点でしょうか?

八田:まずソファの座面ですね。車いすからソファに乗り移るときに、極力車いすでソファに近づきたいけれど、車輪が出っ張っているので、ソファの側面(脚が当たる箇所)が垂直になっていると車輪がぶつかってソファまでの距離が遠くなってしまうそうなんです。そこで、ソファの側面を斜めにカットしてテーパー(傾斜している形状のこと)にすることで、車輪がうまく入り込むようにしました。そうすると、ソファに身体を近づけることができるようになるんです。

座面(通常脚が当たる箇所)を斜めにカットしたことで車いすの車輪が入り込みやすくなっている。

脇坂:これは聞かないと分からないことでした。その後、リサーチをかねて駅のホームなどに設置されているソファを見に行ったところ、よく見たらソファの下の部分が傷ついているんですよ。車いすなどで擦った傷がついているんです。普段では気づかないことに気づくことができました。これはすごく大事なことで、日本だけではなくて世界にも伝えたいところだねと八田と話したのを覚えています。

――実際に座ってみたのですが、座面が柔らかすぎず、健常者にとっても硬さがちょうどいいなと思いました。こちらも何か工夫されているのでしょうか?

八田:車いすから乗り移るときに、座面に一度手をつくそうなんです。そのときに柔らかすぎると沈んでしまって、体を支えるのが大変だということで硬めにしました。

脇坂:【Band Sofa】はクッションの量を調整して、座面の硬さを決めました。実際にいろいろな方に何度も座っていただき、一番いい座り心地を検討してもらいました。健常者も障がいのある方もみんなが使いやすいようにバランス感をとっています。

利用者のモチベーションを向上させる理由はモチーフにあり!?

――テーブル部分は、金・銀・銅のメダルや帯をモチーフにしたということですが、このアイデアはどのように生まれたのですか?

脇坂:元々、メダルやバンド(帯)をモチーフにするつもりはなかったのですが、ヒアリングをする中で、車いすのサイズや人の体格の差があるので、角度を変えて会話できるようにしてほしい、ちょっと幅が狭いところがほしいなど、いろいろな要望があって。また、多種多様な人が使うので座る幅の違いや座り方の違いがあったので、自然と斜めのテーブルという設計になりました。パラアリーナの空間や壁のグラフィックのデザインとの調和も考慮していき、様々な用途や要望を取り入れていった結果、バンドをモチーフにするのが最適だという考えにいきつきました。

――メダルをモチーフにしたデザインを目にすれば、競技者にとってモチベーションも高まりますものね。

脇坂:そうですね。ヒアリングのときにメダルが目標という話も聞いたので、自然とメダル帯がモチーフになりました。でも初期段階のデザインは、完成形とは全然違ったんですよ。最終的なデザインと見比べると、その要素がひとつも残っていないくらいです(笑)。いろいろな方にアドバイスをもらったり、ミーティングを繰り返して、どんどんブラッシュアップしていきました。

――こうして作られた【Band Sofa】が世界的なデザイン賞を受賞しましたが、いかがですか?

八田:選ばれたことは単純に嬉しいです。モノとしてデザインがいいと、世界的に権威ある賞から評価されたのは嬉しいのですが、それよりも実際にみなさんが使ってくれている、ということ自体が嬉しいです。我々の活動としては初めてカタチになったものなので、その喜びが大きいですね。

脇坂:デザイン賞を色々と獲得していく中で、協力してくれた方たちが喜んでくれて、やってよかったなという達成感とデザインにこだわってよかったなという気持ちがあります。あともうひとつ、様々な細かい工夫を世界に発信できたのもよかったです。パラアリーナの選手やスタッフの方々が出してくれた意見をデザインに落とし込み、世の中に伝えることができたのは、デザイナーとしてもやりがいがある。

人はデザインに何を求めるのか? これからのユニバーサルデザイン

――元々ユニバーサルデザイン(以下、UD)は、すでに1980年代にアメリカで提唱され始めていたんですよね。現在は多様性が重視されるようになり、以前よりもUDが世の中に浸透していると思いますが、昨今、そしてこれからのUDについてお二人はどう考えていますか?

八田:これからは、UDは特別なものではなく、どの製品にも考えられるべきことかなと思います。元々のUDは健常者ベースの目線で、いろいろな人が使えるようなデザインという観点が強いのですが、その派生的な考え方であるインクルーシブデザインというものがあります。特定のユーザーに、デザインを開発するプロセスに入ってもらうんです。その人たちの目線でUDでは考えつかなかったようなことを見出していく。UDではあるけれど、健常者目線からではなく特定のユーザー目線からのアプローチで手掛けていく、というのが現在の潮流としてある。

【Band Sofa】はそれに近い形だったと思います。今までのUDのように画一的なデザインでカバーできる範囲は、やはりそんなに広くないと思うので、障がいのある方も健常者の方も、使い勝手や使い心地が良くなる要素を見出していくことが、これからのUDにとって必要になってくることだと思います。

脇坂:例えば公衆トイレの手すりとかは変な位置に付いていることも多くて、実は車いすの人の高さに合っていなかったりします。そもそもの役割を果たせていないだけでなく、デザインも微妙だったりするので、逆に当事者の方がつけたくない、とおっしゃることもある。わざわざ「私は障がい者です」と言っているようなものだと。

だからこそ、障がいのある方も健常者の方も両方が使いやすく、なおかつそれがさりげなく取り入れられていてカッコいいデザインだったら嬉しいですよね。そういう意味で、【Band Sofa】は、これからのUDとして、綺麗に一つにまとまったものになったかなと思っています。

――お二人のホームページには、ソファの他にも手掛けているアイテムが掲載されています。例えばすでに製品になっているコーヒーフィルター「Kinome Ceramic Coffee Filter」ですが、鉢植えにお水を注ぐようなデザインになっていて、可愛らしさの中に面白さがあるデザインですね。

「Kinome Ceramic Coffee Filter」/【h concept design competition 2020 】優秀賞を受賞した作品。芽に水をあげるように淹れるデザインで、コーヒータイムが癒しの時間に。写真提供:wah-design

八田:「Kinome Ceramic Coffee Filter」は、“一目惚れ”というテーマでの公募で応募したものが選ばれて、商品化されました。これは穴がたくさん空いた多孔質という素材で出来ていて、隙間からコーヒーがポタポタと落ちるようになっています。僕たちはコーヒー党ではなかったのでそういう人でも楽しめる、お湯を注いでいるときに何か楽しさを作ろうと。ちょっと視点を変えた提案をしています。

脇坂:紙のフィルターがいらないのでエコにもなるし、葉っぱ部分(​栓)に目盛りがデザインされているので、コーヒーが美味しく飲める分量がわかる。見た目がかわいいだけでなく、ユーザーが「ちょっと嬉しくなる」ようなアイデアを盛り込んでいます。

――その「ちょっとした喜び」というのが、お二人のデザインの核になりそうですね。使いやすさというのももちろん大事ですが、そういったさりげない幸せを見出せるデザインは、これからのUDのあり方にも繋がりそうな気がします!

八田:デザインのアプローチはいろいろあると思いますが、僕たちが目指しているのは、新しい選択肢を作ること。他とはちょっと違った目線で、生活の中に豊かさや楽しさを付加していく。まあ、結果的になんですが(笑)。

脇坂:革新的に便利なものではないかもしれないけれど、使ったらちょっと幸せになれるモノ作りや今までできていなかったものを見つける、というのが僕らの仕事なのかなと思います。

お二人の話を聞いて印象的だったのは、「デザイナーの独りよがりにならないように」というコメントだ。世界的な賞を受賞した作品、などと聞くと、さぞかしデザイナー自身のこだわりが詰まったものなのだろうと想像しがちだが、【Band Sofa】はあくまでユーザーの視点でデザインされている。しかも、これまでなかなか拾われることのなかった障がいのあるアスリートたちの視点だ。それはこれまで気づくことが出来なかった新たな視点であり、二人のデザイナーのクリエイティビティを存分に刺激した。

多様性を取り入れていくことで、こういったシナジーはますます増えていくだろう。たくさんの可能性を秘めているユニバーサルデザインの発展に今後も大いに期待したい。

PROFILE wah

脇坂 政高、八田 興により2018年に結成されたデザインユニット。現在、メーカーのプロダクトデザイナーとしても活動中。プロダクトをはじめ、家具・グラフィック・空間デザイン・ブランディングなど、カテゴリーに捉われないデザイン活動を展開中。デザインを通じて、人や社会にちょっとした喜びを与えられることを目指している。

https://wah-design.jp/

text by Jun Nakazawa(Parasapo Lab)

key visual by wah

photo by Takeshi Sasaki

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