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家族で楽しみながら防災スキルが身につく「防災スポーツ」が話題に

パラサポWEB / 2022年4月13日 11時30分

あなたは“もしも”のときの備えに、十分取り組めているだろうか? 地震をはじめ、台風や津波といった自然災害が起こりやすい日本では、日頃から防災対策に取り組む必要性が声高に叫ばれているが、「平時には危機感が生まれづらい」「なんだか難しくて面倒くさい」といった理由から、いま一歩広まらない現状がある。

それならば、防災を身近に楽しんで学べるよう、スポーツにしてしまえばいいのでは? そんな斬新な発想から誕生したのが「防災スポーツ」だ。これまでに開催されたイベントには親子を中心に3000人以上が参加、「スポーツ振興賞 スポーツ庁長官賞」や「日本オープンイノベーション大賞 スポーツ庁長官賞」といった名だたる賞も受賞するなど、いま大きな注目を集めている。ここでは、その考案者である株式会社シンク代表取締役社長の篠田大輔氏に、防災をスポーツ化するというユニークなアイデアが生まれた背景や防災スポーツが持つ可能性について話を伺った。

被災経験者だからこそ感じた、防災に“スポーツの楽しさ”が必要な理由
2014年に株式会社シンクを創業した篠田大輔氏。シンクでは防災スポーツのほか、スポーツコンサルティング事業や、マラソン大会などのイベントプロデュース、記録配信サービス「スポロク」といったITソリューション事業も展開する

1995年1月17日の早朝。「ゴーッ」という、これまで聞いたこともないような大きな地響きが聞こえた次の瞬間、下からつき上げる激しい揺れが家中を襲った。家具や家電は倒壊し、自宅も全壊の認定を受けた。当時中学1年生だった篠田氏は、兵庫県西宮市の自宅で阪神・淡路大震災に見舞われる。

「倒れた本棚に埋もれた兄弟を助け出し、自宅周辺の惨状を目の当たりにしながら、安全な場所に避難しました。そのときは、自分や家族が生き抜くことで精一杯。避難先の小学校では、被災者同士で協力してプールの水をバケツリレーでトイレに運んだり、自衛隊から支給された支援物資を仕分ける作業に協力するなど、防災知識のない中でとにかく必死の毎日を送りました」(篠田氏)

篠田氏の父親が撮影した震災当日の様子。市街地の建物は、倒壊するなどの被害が出た。左上の写真は、倒れた食器棚で部屋が覆われてしまった篠田氏の自宅での一コマ

こうした被災経験を通して篠田氏が学んだのは、災害時には知識に基づく判断力に加え、とっさに行動できる体力とスピードが必要であること。この教訓を体で覚えていた篠田氏は、体力や俊敏性を養えるスポーツに防災力を高められる可能性を見出し、防災とスポーツを組み合わせる「防災スポーツ」のアイデアを思いつく。

「スポーツは、大きく『遊戯性=楽しむ要素』『運動=体を動かす要素』『競争性=競う要素』という3つの要素から成り立っています。そのうち、運動と競争性は、身体を動かして、より早く逃げるなどの災害時に役立つ要素です。それらに加えて、遊戯性という要素をもつスポーツには、防災に必要とされる能力を楽しみながら身につけられる効果が期待できると考えました。

また、災害はいつ自分に降りかかってくるのかがわからないため、どうしても他人事になりがちです。さらに人によっては、防災や災害に『怖い』とか『危ない』といったマイナスのイメージをもっていることも……。そこをスポーツが持つ楽しい力で払拭し、防災への心理的ハードルを下げたいという狙いもありました」(篠田氏)

防災スポーツが誕生する背景となった、スポーツを構成する3要素とそれぞれが持つ働き。

被災経験者だからこそわかる、防災の必要性。それをより多くの人に「自分事」として捉えてもらいたいとの想いから、防災にエンターテイメント性をプラスする形で防災スポーツは考案された。「いざというときに自分を守り、家族を守るためにも、日頃からスポーツを通じて楽しみながら災害に備えてもらいたい」と篠田氏は防災スポーツに込めた願いを語る。

競技型の体験プログラムと家庭での日常的なトレーニングを組み合わせ、防災を習慣化
子どもたちも楽しんで取り組むことができる防リーグ。競技のように身体を動かして覚えるからこそ、万が一のときに行動につながりやすい

そんな防災スポーツは、防災訓練を競技化した体験プログラムである「防リーグ」と、防災に関する正しい知識と行動を学び、実践する「防トレ」を中心に構成されている。共通のテーマとして掲げるのは、「防災の日常化」だ。

事業化に当たっては、篠田氏自身が学んだ被災体験の教訓に加えて、防災の日常化を目指すNPO法人プラス・アーツにプログラム監修を依頼し、東京大学大学院で防災研究に従事する廣井悠教授をアドバイザーに召くなど、防災に関する学術的な根拠もおさえたという。そのため、災害前、災害時、災害後とそれぞれのステージで必要とされる知恵と技を、的確に学べることが大きな特徴となっている。

防災スポーツの事業マトリクス。防リーグや防トレのほか、地域の防災を歩きながら学ぶことをコンセプトとした「防災ウォーク」や、アスリートやスポーツチームをはじめとするスポーツのアセットを活用して防災課題の解決を目指す「防災スポーツネットワーク」というプラットフォームも構築されている

防リーグには現在、7種目の競技がラインナップされている。いずれも災害時に役立つさまざまな知識と技を楽しく習得することが目的。たとえば、毛布を使った担架で障害物競争を行う「レスキュータイムアタック」では、災害時に周囲の人たちと協力しながら負傷者を運ぶ救助体験ができる。

「いざ災害が起こったときに、担架が身近にあるとは限りません。担架の代わりに、災害時でも比較的手に入りやすい毛布を使って人を運ぶ方法を学びながら、段差やぬかるみなど、災害時の悪路を想定したコースを安全に速く移動する体験を得ることで、災害時の人命救助に活かせる力を育むことができます」(篠田氏)

レスキュータイムアタックでのワンシーン。毛布で作った担架をみんなで持ち上げ、バランスの悪い一本橋をスピーディーに渡り切る。

このほか、支援物資を限られたスペースに効率的におさめる「ゴー!ゴー!キャリー」や、川や海で溺れている人を救助することを想定した「ウォーターレスキュー」など、避難所での対応や水難の際の救助方法を学ぶ競技も用意される。篠田氏は「安全により速くを競うタイムトライアルと、コラボレーションやコミュニケーションを学べるチーム戦スタイルを取り入れたことで、スポーツ競技のように楽しんで体を動かしながら災害時に活かせる防災の知恵と技を覚えることができます」とその魅力を語る。

また防トレは、こうした防リーグでの競技体験を通して高まった防災意識を、継続的に維持してもらいたいとの想いから作成したトレーニングプログラムだ。災害前の対策や災害時に必要とされる冷静な対応力を家庭で日常的に養えるよう、防災に関する正しい情報を手に取りやすいハンドブックにまとめている。

イラストを中心としたデザインで子どもでも読みやすい「防トレ」の紙面。災害時における家庭内での連絡方法や家具の転倒防止対策など、日常的な防災対策を実践しやすい形にしている

「防災はスポーツと同様、継続性が鍵になります。たとえば、大きな台風が襲来するとなると、一時的には水の備蓄やヘッドライトの用意といった対策を講じる意識が生まれますが、それを日常的に続けていこうという意識にはなかなかなりません。そのため、私たちは防リーグという親しみやすいプログラムを通じて防災に興味を持つきっかけをつくっていただき、家に帰った後も防トレを通して正しい知識と行動を学ぶことで、防災の継続性を高めていきたいと考えています」(篠田氏)

防災スポーツが掲げるモットーは、「いつもの習慣が、もしもの力になる」だ。楽しい防災体験とその記憶を元にした日々の対策はやがて習慣として定着し、万が一の際に大きな力を発揮してくれるに違いない。事実、防リーグを体験することで家庭での防災行動が増えるという効果も出ているそうだ。

JリーグやWEリーグのチームとのコラボも実現!広がる可能性は、社会課題の解決も視野に!
防災スポーツは、スポーツ庁が主催するINNOVATION LEAGUEコンテストでソーシャル・インパクト賞を受賞。スポーツ庁長官を務める室伏広治氏の前で、スピーチを行う篠田氏

防リーグは、これまでに学校や自治体、企業やアスリートチームなど、数多くの団体に導入されている。たとえば、コロナ禍でこれまでのように密になる運動会が開催できなくなった小学校では、その代わりに「防災スポーツ」を取り入れて学年別に実施したり、保険会社や自動車メーカーといった企業では、ファミリー層の来場促進などを目的としたイベントとしても活用された。合計の体験者は3000人を超え、「みんなで力を合わせる体験が楽しかった」「防災スポーツを通じて、スポーツに対する意欲が高まった」といった反響の声も続々と寄せられているという。

「これまでの防災訓練はお堅いプログラム内容のものが多く、参加者が高齢化するなどの問題も抱えていました。しかし、防リーグは競技上の演出やロゴのデザインなど、楽しさや新しさを感じてもらいやすい工夫を施していることから、これまで参加することがなかった子どもたちや家族も興味を持って参加してくれています」(篠田氏)

運動会の代わりに防災スポーツを導入した千代田区立昌平小学校。実施前と比較して、児童たちの共助意識が高まり、家庭での防災行動が増えたという調査結果も得られた。

また、近年では、Jリーグの「水戸ホーリーホック」やWEリーグの「マイナビ仙台レディース」といったプロスポーツチームや、スタジアム・アリーナといったスポーツ施設との協業も増えている。試合の開催に合わせて来場者に「防リーグ」を体験してもらうイベントを合同で実施しているのだが、篠田氏は「スポーツの持つアセットを活用して地域の防災力を高める新しい試みになっている」と期待に胸を膨らませる。

「これまでもスポーツチームやアスリートが災害時に被災地支援に訪れる例は多く見受けられましたが、今後は日頃から彼らが防災活動に取り組むことで、地域の防災や減災につなげていく展望も見えてきました。防災スポーツを文化として発展させていこうと考えた際、彼らの持つスター性や人気は強力な後押しとなってくれるはずです」(篠田氏)

昨年の11月28日に開催されたイベント「水戸ホーリホックと防災について学ぼう」で、楽しそうに防リーグに取り組む子どもたち

こうした活動が評価された防災スポーツは、スポーツ庁が主催する「INNOVATION LEAGUE コンテスト ソーシャル・インパクト賞」や「第8回スポーツ振興賞 スポーツ庁長官賞」をはじめ、内閣府が主催する「第4回日本オープンイノベーション大賞 スポーツ庁長官賞」や「世界発信コンペティション 東京都革新的サービス特別賞」といった数多くの賞を受賞。室伏長官からは「スポーツとして楽しみながら、防災や減災に取り組める素晴らしい企画。是非多くの方たちに体験して身につけてほしい」との励ましの言葉をもらうなど、社会的インパクトや地域振興に貢献するサービスとして、今後の展開にも大きな期待が集まっている。

「これらの賞を受賞したことで、あらためて防災スポーツには社会課題の解決や社会的役割の担務につながる可能性が秘められていることを実感しました。たとえば、少子高齢化の進む日本において、地域に若い人たちも楽しめる防災スポーツを導入してもらうことは、地域の老若男女をつなげるハブとしてコミュニティづくりに貢献することはもちろん、いざというときに“助ける側”に回れる人を増やす効果も期待できます。今後“助けられる側”が増え続ける中で、“助ける側”に防災の知恵や技を身につけてもらうことは、地域の防災や減災につながる大切な取り組みとなるはずです。

また、自らができることの増えた参加者は、自己の肯定感を高められるとともに、困っている人がいたら助けようという日常的な意識を持つようになるかもしれません。こうした意識の変化は、地域の安定につながり、個人の活躍の機会を広げるきっかけになるのではないかと期待しています」(篠田氏)

内閣府が主催する日本オープンイノベーション大賞の受賞式の様子(右はスポーツ庁の大谷圭介スポーツ総括官)。企業や自治体と連携しながら防災課題や社会課題を解決する防災スポーツの取り組みが、日本のオープンイノベーションを推進する試みとして高く評価された

近年は、まちづくりや健康づくりといった他分野との連携やSDGsの達成に向けた企業との協業など、新しいプロジェクトも続々と立ち上がっており、スポーツ産業の活性化も含め、防災スポーツの可能性を大きく感じているという篠田氏。防災スポーツをきっかけに、スポーツが持つソーシャルビジネスへの有効性を提示し、さまざまな社会課題の解決にスポーツが取り入れられる機運を高めていきたいと、その意気込みを語る。

そんな篠田氏が見据える未来は、防災スポーツの海外展開だ。「阪神・淡路大震災や東日本大震災といった大きな災害を経験した日本の防災対策は、世界でもトップレベル。日本で防災スポーツを文化として定着させた後には、地震や台風、気候変動に起因する災害の多い国々へ日本からスポーツを通じた防災活動を広めていきたいですね」と将来に向け、胸を膨らませた。

マンネリ化した防災対策に、スポーツの持つ楽しさや明るさでイノベーションを起こす防災スポーツ。そこには、被災経験者だからこそ伝えたい災害の教訓や防災に継続的に取り組んでもらうためのさまざまな工夫が取り入れられていた。スポーツの可能性を押し広げ、防災に新しい息吹を吹き込むその活躍に、今後も目が離せそうにない。

PROFILE 篠田大輔(しのだ・だいすけ)

1981年神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、同大学院理工学研究科修了(工学修士)。1995年に兵庫・西宮で阪神・淡路大震災に被災。東京オリンピック・パラリンピック開催決定を機に、2014年に株式会社シンクを創業。自身の被災体験を基にした「防災スポーツ」事業、記録配信サービス「スポロク」といったITソリューション、スポーツコンサルティング、イベントプロデュースなどを手がける。東京2020オリンピック競技大会では、横浜スタジアムにて会場マネジャーの一人として会場運営に携わる。2017年に開催されたワールドマスターズゲームズ オークランド大会で野球競技に選手として参加し、銅メダル獲得。

※防災スポーツと防リーグは株式会社シンクの登録商標です。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)

写真提供:株式会社シンク

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