松山英樹 満身創痍のプレーで賞金王を決める

ParOn.(パーオン) / 2013年12月1日 22時0分

表彰式で石川遼に声をかけられるルーキー賞金王・松山英樹 カシオワールドオープン(2013)(最終日) 写真・佐々木啓

カシオワールドオープンゴルフトーナメント(11月28日~12月1日、高知県・Kochi黒潮CC、7316ヤード、パー72)

 史上初のルーキー賞金王が誕生した。

 勝てば無条件で賞金王が決まる最終日。松山英樹は2位に2打差をつけてスタートした。1番(パー4)で2メートルのバーディパットを沈めるも、2位の池田勇太が3連続バーディと3番で並ばれ、池田の勢いは止まらず8番(パー3)の時点で3打差と開いた。

「(池田)勇太さんが素晴らしいプレーをしていましたが、3打差ついても我慢していればチャンスがくるだろうと思っていました」

 この日も、左手親指ツケ根付近の痛みに耐えながらの満身創痍のプレーだった。特に長いクラブは痛みからフィニッシュで左手を離すことがほとんど。ラウンド途中でも痛み止めの薬を飲んだ。終始納得のいくショットが打てないながらも、ピンチはしのぎ、チャンスをモノにしていく、我慢のゴルフを続けた。

「バーディがほしくても入らないものは仕方ない。入らなくても気持ちを切らさないことが大事なので、それができました」

 3打差つけられた松山はスイッチが入る。9番(パー4)、10番(パー5)、12番(パー4)でバーディを奪うなど、15番を終えた時点で1打差に迫る。16番(パー4)、17番(パー4)では、池田が3パットと自滅する形で松山が逆転。18番(パー5)は、30センチのウィニングパットを沈めて、通算12アンダー、2位の池田に1打差で今季4勝目を挙げた。

「中学、高校とお世話になっているコースなので、ここで勝ちたかったです。4勝目ということですが、ここまで勝てるとは思っていませんでした。賞金王も1年頑張った結果が、こういう形で結ばれてよかったと思います」

 10月以降、胃痛や背中痛、左手手首痛など体調不良に見舞われ、まともな状態でプレーができなかった。それでも、試合に出続けたワケがある。

「プロ転向時から密かに賞金王という目標を立てていました。だから賞金王は取りたかったんです」

 1973年にツアー制度が施行された男子ツアーの歴史の中で、初めてルーキーイヤーでの賞金王。国内13戦4勝という驚異の勝率で、目標を成し遂げた。獲得賞金は、尾崎将司、伊澤利光に次ぐ史上3人目。到達試合は16試合で、尾崎将司の17試合を抜いて最短記録となった。

「出た試合、全部がんばった結果だと思います。1年間がんばったかいがあったと思います。記録を抜くことはすごくいいですね。アメリカでも日本でやっているようにプレーしたいです」

 松山の次なる目標は米ツアー優勝、そしてメジャー優勝である。日本男子ゴルフ界で誰も成し遂げていないメジャー優勝も成し遂げてくれそうだ。

文・小高拓

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