高校野球出身の竹谷佳孝がトップタイでツアー初Vに照準!

ParOn.(パーオン) / 2014年6月20日 20時10分

プロ8年目にしてツアー初優勝のビッグチャンスを迎えた竹谷佳孝 日本ゴルフツアー選手権森ビル杯(2014)(2日目) 写真・村上航

日本ゴルフツアー選手権森ビル杯(6月19~22日、茨城県・宍戸ヒルズCC、7402ヤード、パー72)

 昨日、トップタイに立った近藤啓介に続き、レギュラーツアー未勝利の竹谷佳孝が7バーディ、ノーボギーの65、通算10アンダーでトップタイに立った。

 昨年のチャレンジツアー、JGTONovil FINALで優勝するなど、チャレンジランク2位の資格で今季レギュラーツアー出場権を持つ竹谷。今日は得意のパットがさえわたった。

「前半はグリーンに乗ったら外れて、外れたらパーを拾ってと本当にパターが入りました。パット数は気にしていなかったのですが、同じ組の小山内護さんに8番ホールくらいから『お前、ずっと1パットだな』と言われて、初めて気づきました」

 前半は5つバーディを奪った。5番(パー4)は5メートルのフックライン、7番(パー3)もピン左手前の5メートルをきっちり沈めてバーディを奪った。後半も13番(パー3)、14番(パー4)を連続バーディでスコアを伸ばした。

「自分のパットのスタイルを変えたことはなく、シンプルに考えて打つのが僕のスタイルです」

 竹谷は山口県出身の34歳。2006年にプロテストに合格し、07年にツアーデビューした。

 だが、子どものころはゴルフとは無縁で、小学校1年から野球を始め、宇部鴻城高校では野球部に所属。甲子園を目指すほど野球にのめり込んだ。高校2年の甲子園予選で敗退したあと主将に抜擢され、これからというとき、竹谷に悲劇が襲った。腰に激痛が走り救急車に運ばれたのだ。完治に約1年かかると言われ、

「周囲に迷惑をかけると思って野球は辞めよう」

 と野球人生に終止符を打った。

 そんなとき、父に誘われたのがゴルフだった。それがきっかけで、4年間、九州ゴルフ専門学校に通う。

「午前中はゴルフ理論、ルール、マナー、歴史、英語、クラブのシャフトやグリップの交換などの知識を学び、午後はトレーニング。自由に球を打ち始めるのは午後4時以降でした。毎晩遅くまでインドア練習場で1000球は打っていました」

 ときに4~5人の仲間で年に1回、「24時間耐久で球を打ち続けるレース」も行い、そこで打つ球数は3000球にものぼったという。

「3000球も打つことはいいとは思いませんが、そういう経験ができたことはすごく貴重でした。ケガからも学ぶこともたくさんありました」

 今季は7試合に出場して、予選通過は4試合。ツアー最高順位は東建ホームメイトカップの14位タイ。

「最終組は初めての経験。緊張するかもしれませんが、自分らしくやるだけです。どれだけできるか楽しみにしたい」

 プロ8年目にして訪れたビッグチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。

文・キム ミョンウ

ParOn.(パーオン)

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