「人生の最後に『ゴルフやっててよかったね』といってもらいたい」生涯ゴルフをサポートするトレーナー

ParOn.(パーオン) / 2019年4月20日 9時0分

右端が岡森(写真・本人提供)

「生涯ゴルフ」をサポートすることで、ゴルファーたちの人生にストーリーを描く。その手伝いをしたい、という志を胸に、岡森雅昭は日本ゴルフフィットネス協会(JGFO)を立ち上げた。今年で11年目。「誰もやっていないことをゼロから生み出す」という困難に立ち向かい続けている。
(ゴルフジャーナリスト・小川淳子)
サポートしていた人が、約束のトレーニングに来られなかった日。この日のことを岡森は生涯忘れない。電話をもらった。その人の母からだった。
「昨夜、亡くなりました。その数時間前まで、ゴルフを楽しむ夢がかなってよかったといっていました。いい人生だったと思います」
ステージ4のすい臓がんで生存率5%。そんな危機的状況を乗り越えた人だった。
「生き永らえたから、好きなゴルフがどれだけできるか」
その希望を岡森が支えた。ホームコースでプレーを楽しむこと約3年。通院しながらだが、定期的にトレーニングを続けた。18ホールプレーできる体力と筋力を回復させてそれを維持。人生を終える直前まで、ゴルフを楽しんだ。QOL(Quality of life)としては理想的な形。この人のように、ゴルフを生涯スポーツとして楽しんだ人生を、岡森はいくつも見てきている。
福岡の野球少年で、小学生のころからプロ野球選手になるためのプランを描いていた。
「プロになるのはピッチャーかキャッチャーか三塁手だった人。キャプテンもやっている。ドラフトにかかるためにはやらないと」と、古賀北中2年の時、主将を志願して却下された経験を持っているほどだ。だが、3年生で投球障害となってこの夢はあきらめざるを得なかった。
気持ちを切り替えて選択したのがデザインの道だ。東京でアルバイトを経てISSEY MIYAKEのアシスタントデザイナーになった。仕事は面白く、あっという間に3年の歳月が流れたが、バブルが弾け、景気は急降下。華やかだったはずのファッション業界に未来を感じられなくなってきた。同じころ、6歳年下でやはり野球をしていた弟が、大学入学直前にルーズショルダー(肩関節がゆるくなってしまう野球選手に多い障害)で手術を受けた。術後、わずか1週間で退院し、リハビリで復調するという出来事があった。
「ルーズショルダーという言葉も初めて知ったくらい。自分の(故障で野球をあきらめた)ときとは大きく違っていた。根性論だったのが、システム(で治療するよう)になっていたことを実感しました」。
以前からファンだったジャイアンツの投手、桑田真澄が右ヒジ靭帯を痛め、トミー・ジョン手術を受けて復活したことも大きな刺激になった。
「昔の感覚なら『終わりだな』というところなのに戻ってこられる。時代が変わったことを感じました。最初の夢は野球だったと改めて思って、人の力になれる仕事をしようと思ったんです」と、ファッション業界を離れた。
「トレーナーになりたいんです」と、いきなり訪ねたのはジャイアンツ球場だった。自分の夢だったプロ野球選手を、トレーナーとして支えたい気持ちからだった。だが、実績もなければコネもない。それでも、そんな若者の話を球団職員がじっくり聞いて、アドバイスしてくれた。「トレーナーには鍼灸師などの資格が必要だし、みんな大学で勉強したりプロとして実績があるんだよ」。
次に面接を受けたのはスポーツクラブだ。ファッション業界にいればごく当たり前の金髪のまま、全身オレンジ色に身を包み、相手の度肝を抜いた。アルバイトとしてトレーナーの仕事を始め、やがてここでパーソナルトレーナーとして活動し始める。そんな最中、27歳の時にゴルフに出合う。友人のインドアゴルフスクールが人手不足で、週1日、夜だけ受付を手伝うことになったのだ。気が付いたのは、ゴルフを教える側の伝えたいことが、相手に伝わらないことが多いことだった。
「『股関節に体重を乗せて』というアドバイスに対して、いわれた方は『なんとなくここらへん?』と思ってる。股関節がちゃんとわかってないんです。体の仕組みもわかっていない人が多い。それで、手首が痛い、腰が痛いという理由でやめてしまう人もいた」
他のスポーツ界の人からも、ゴルフ業界がトレーニング部門で遅れていることを聞かされたこともあり、ゴルフの世界で誰かの役に立とうと決めた。「トレーナーがいないのなら自分でやろう」。その思った翌日に運命的な出会いを果たす。
1打足りずにプロテスト不合格となり、体作りからきちんとしようとやってきた女性。後に妻になるリエさんだ。リエさんを通じて研修生仲間を見るうちに、故障を抱えているゴルファーが多いこともわかった。米パームスプリングスに飛ぶなど、トレーナーとしての勉強を重ねた。並行して独学でゴルフも学ぶ。
「何もないところから生み出すのがいいんです。何かが見えると足が止まっちゃうから。」
2008年に日本ゴルフフィットネス協会(JGFO)を設立。今日までゴルファーたちのサポートを続け、その仲間を増やしてている。
JGFOでは、スコアや飛距離などのゴルフでの目標と健康での目標の二つを本人に掲げてもらう。その達成のために、悩みを聞き、運動や食事、トレーニングなどの面でサポートしている。
「人生のストーリーを描いてあげるんです。そうしてライフスキルをよりあげられるように。よりアクティブな人生を送れるように」
アマチュアゴルファーに対しても、トップアスリートに対しても、この姿勢は変わらない。
3年前に資格認定制度をはじめJGFOの理念を共有し、きちんと知識も身につけた仲間はティーチングプロを含めて増え続けている。
「人生の最後に『ゴルフやっててよかったね』といってもらえるような年の重ね方をしていくサポートができたら。どこまで相手のことを思えるか、ですよね」
岡森の静かな情熱は、尽きることがない。

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