人手不足を解消するには? いや増す「人材への投資」の重要性
PHPオンライン衆知 / 2024年6月5日 7時0分
ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。
こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。
今回、紹介するのは『人的資本経営まるわかり』(岩本隆、PHP研究所)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。
人的資本経営が今注目される背景
今まで長い間、人材育成や組織開発は主に人事部長や人材開発部長の仕事と考えられてきました。それが大きく変わり始めたのは、この数年のことです。
松下幸之助が残した有名な言葉「事業は人なり」でも表現されているように、一部の一流経営者は人が重要であることを以前より深く理解されていました。しかしながら、バブル崩壊後の需要低迷期に費用対効果を意識した経営が重んじられてきた結果、短期的な効果が見えにくい人への投資の優先度が下がり、結果として日本企業は中長期の競争力が低下したように見えます。
そのような背景の中で、人材を費用ではなく資本ととらえ、投資家に対して人材に関するデータを公開する人的資本開示が2023年3月期決算から上場企業に義務付けられました。
また、本来的に持続的な競争優位は人によって作られるということも改めて認識されるようになりました。そのような背景もあって、今、人材育成と組織開発は、レイヤーがあがって経営アジェンダとして重要なものと位置づけられるようになっています。
ほとんどの企業の人的資本開示は、依然として形式的なものにとどまっているとも言われています。しかしこのままでは不十分です。有効求人倍率は上昇傾向にあり、あらゆる業界で人材不足の状況にあります。
若手世代を中心に、成長実感が得られる環境を求める傾向が強まっていて、優秀な人材を惹きつけるためには安定したホワイトな環境を与えるだけでは足りません。人的資本経営が重要なテーマとなった今、まずは人的資本経営という概念をしっかり理解しておく必要があります。
ではそれがどのようなものなのか、内容に入っていきたいと思います。
人的資本経営の勘所
本書では米国の主要企業が選定されているS&P500の企業価値に占める無形資産の割合の推移が紹介されています。1975年には17%だったその割合は、2020年には90%にもなっています。
一方で日本の時価総額トップ500社の無形資産の割合は低く、過半の企業が50%以下に留まっています。つまり、無形資産の重要性が高まっていくトレンドにある中で、日本企業は海外と大きな差がつけられていることがわかります。
その無形資産の中核を占めるのが人的資本であり、その開示の重要性は高まるばかりです。開示事項を見ると、コンプライアンス・倫理、コスト、ダイバーシティ、リーダーシップ、組織文化、組織の健康・安全・ウェルビーイングと続いていきます。大きく分けると、「価値向上」の観点と「リスクマネジメント」の観点の2つがあると言えます。
企業の運営上はそのどちらの観点も大切ではありますが、人的資本経営が注目されるようになった背景からも、今後より重要なのは人材育成やダイバーシティを代表とした「価値向上」の観点だと考えられます。
人的資本経営の実践におけるポイント
人的資本経営の実践のためには、人事の視点を経営トップに根付かせることが不可欠となります。特にCHRO(最高人事責任者)を置くことが重要となりました。そして、CEO、CFO、CHROからなるG3(Group of 3)という経営体制を作ることがよいとされています。
この体制下でCHROがCFOと対等に議論するためには、HRテクノロジーを活用して、人的資本データをそろえておく必要があります。現代の経営では、経営戦略が人材戦略に影響を与え、その人材戦略が経営戦略をドライブしていく循環が強まっています。G3では経営課題と組織・人材課題を合わせて議論します。
もう一つの重要な役職はHRBP(Human Resources Business Partner)です。HRBPはCHROの役割を事業部門側として担う存在となります。その部門の経営管理担当と合わせて、部門長をサポートしていくことが求められます。HRBPはCHROの代わりなので、人材のかじ取りや調整を部分最適ではなく全体最適の視点で行います。
次に人材育成の観点からは、管理職・マネジャーが重要となります。今までの日本企業の管理職の多くは、日々の業務におけるテクニカルな指導に力点を置いていました。一方で、海外企業ではピープルマネジメントが重視されています。
例えば本書の著者がいたノキアでは、新卒も中途も入社した当初から、その人にピープルマネジメント能力があるかどうかが見極められていたそうです。ピープルマネジメント能力はトレーニングでもある程度カバーできるとはいえ、元々の特性の影響が大きいことから、マネジメントの素養があるかどうかが昇進の重要な条件になっていたといいます。
そして、個々の従業員はプロフェッショナルとして育てられ、マネジャーから権限を委譲されていきます。近年普及した1on1は、まさにその中でのマネジメントツールになっているのです。
事業と人材のループを強める
皆さんは人事戦略が進んでいる会社としてどのようなところが頭に浮かぶでしょうか。本書の紹介を参照すると、社員を自律的なプロフェッショナルと考えるSOMPOグループや、社員の挑戦や自律的なキャリア形成を尊重するロート製薬などは、先進的な取り組みに積極的だと言えそうです。
また、メガベンチャーからはメルカリやサイバーエージェントも、先進的な人事制度が多い印象があります。それぞれ優れたビジネスモデルがあることに加えて、実際に人材力の点でも評判が高く、まさに人材戦略が経営戦略をドライブしている好例だと考えられます。
最近私自身、事業活動の中で、人事部門の責任者にお会いする機会が多くあります。その打ち合わせの印象から、この会社はいきいきと働いている人が多そうだと感じることがあります。もし自分が投資家の立場であれば、将来有望な企業を見つけていくためにはCEOやCFOだけでなくCHROにも会いたいと考えるだろうと感じました。
海外の先進国と比べて日本の給与水準は相対的に低迷しています。優秀な人材を惹きつけるためには、今後国内企業も海外を含めた同業他社を意識した給与水準を提供することが求められます。ただ、やみくもに給与を上げるのではなく、人材の能力開発を真剣に進めていった上でその能力に見合った給与水準にしていくことが自然な形だと言えます。
経営者が持つべき基本的な素養としても、事業戦略や財務戦略に加えて、今後は間違いなく人事・人材戦略が求められていくでしょう。その中核となる人的資本経営の基礎を理解するために、本書は適切な指針になります。今後経営層を目指す方や、組織を束ねる役割を担う方に、ぜひおすすめしたい一冊です。
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