競泳日本代表を18年務めた、入江陵介さんの最後のレース「悔しさより感じたのは...」
PHPオンライン衆知 / 2024年6月27日 12時0分
今年4月、2006年から実に18年間にわたり日本代表を務め、日本競泳界を牽引してきた入江陵介氏が引退を表明。人生の半分以上を日本代表として過ごした入江氏に、長期にわたる活躍を支えた熱意の源泉と、これからの新たな挑戦について聞いた。
※本稿は、『THE21』2024年7月号掲載「私の原動力」より、内容を一部抜粋・編集したものです。
東京オリンピックのあとは「若手のため」に泳ぎ続けた
もっと早く引退しても、それはそれでいい人生を送れたのかもしれません。実際、これまで何度も「もうやめよう」と思った日がありました。ただ、長く続けたからこそ得られた出会いやご縁は、何物にも代えがたいものです。
出会えた方々のおかげで人間的にも大きく成長できました。その点だけでも、ここまで続けてきたことは間違っていなかったと確信しています。
競泳選手として生きていくと決めたのは、日本代表に初めて選ばれた高校2年生のときでした。当時、競泳は基本的にアマチュアスポーツ。プロとしての道が整っている競技ではなく、大学卒業と共に引退する人がほとんどでした。
そんな中でもプロとして水泳を続けていく覚悟が固まったのは、代表経験を経て、「この先もこの世界で、特にオリンピックで活躍したい」という思いが強くなったからです。それからの自分を支え続けたのは「オリンピックで金メダルを獲る」という目標でした。
年齢を重ね、思い描く結果に届かないことが増えてからも、その時々で自分に合う目標を設定しながら「次こそは」という気持ちを保てたことが、人生の半分以上の時間を日本代表として過ごせた秘訣だったと思います。
そして、そんな「原動力」に変化が起きたのが、競泳日本代表の「主将」を任された東京五輪での経験でした。水泳は、基本的には個人競技。その中で、主将に何ができるのか......それを考えるようになってから「次の世代につなぐ」ことを意識するようになったんです。
それと共に、その頃はまだ競泳界に「背泳ぎで世界と戦える若手」が育っていなかったこともあり、まだまだ自分が「壁」であり続けないと、という気持ちも生まれました。「僕を飛び越して、さらに上を目指せる選手に出てきてほしい」「でも、簡単には負けない」──東京五輪後の現役生活は、そんな気持ちも支えになっていたんです。
募ったのは悔しさよりも「安堵と感謝」の気持ち
元々は、東京五輪を最後に引退、という選択肢も頭にありました。ただ、やはり「最後は応援してくださるファンの方々の前で」という思いがあって。東京五輪の無観客開催を受けて、パリ五輪まで力を尽くそう、と決めたんです。
結果としては、今年3月の代表選考会決勝が現役最後のレースになりましたが、100%の準備をして臨んだ結果ですし、もう悔いはありません。日本のファンの方々の前で、それも五輪代表に初めて選ばれた大切な種目「200m背泳ぎ」で競技人生を終えられて、とても幸せだったかなと思っています。といっても、最後のレース直後は、ものすごく悔しかったです。
その一方で、少しほっとしたというか、解放感のようなものもありました。今回、しっかり派遣標準記録を突破して五輪出場を決めてくれた後輩がいたこともあり、ようやくひと仕事終えられたような気がしたんです。なんというか「ようやくやめることができた」というような......。
水泳には、しんどい思いをたくさんさせられました。でも、得られたものはそれ以上に多いと思っています。それこそ、水泳からもらえるものはすべてもらって終われたんじゃないか、というくらいです。最後のレースでも、プールを去るときにはもう、悔しさよりも「感謝の気持ち」のほうがずっと強くなっていました。それは水泳そのものへの感謝でもあり、ファンの方々への感謝でもあります。
次のステージを準備し、引退後も勢いを止めない
今までは「目覚ましが鳴ったら即朝練」というのが当たり前でした。それが、引退してからは朝もゆっくり起きられるし、夜飲みに行くのも自由です。現役時代にはできなかった生活を味わいながら、しばしの充電期間を過ごしています。幸い、現役に戻りたいと思うこともありません。
これほどすっきりした気持ちで身を引けたのは、東京五輪からの数年で「引退後の方針」をある程度考えてから引退を迎えられたからだと思います。若い頃に感じていたような「キツすぎて、とにかく水泳から離れたい」という意味の「やめたい」で引退してしまっていたら、こうはいかなかったでしょう。
セカンドキャリアを考えるきっかけになったのは、16年のリオ五輪後に練習の拠点をアメリカに移した際、海外で活躍する選手の考え方を知ったことでした。練習の内容や、オンオフの切り替えといった部分でももちろん学びがあったのですが、彼らは「引退後の人生」もしっかり冷静に考えたうえで、競技に取り組んでいるんです。
中には、十分オリンピックを狙えるだけの実力があるにもかかわらず、「水泳だけが人生じゃない」と早々に水泳を引退して弁護士になった選手もいて、とても驚かされました。競技に集中することも当然大切ですが、引退後に向けた準備にも目を向けないと、いざその時期を迎えたときに大きく出遅れてしまう。そんな価値観に触れて、人生をトータルで考える大切さを学んだ経験です。
そんなこともあって、現役時代から「自分が知らない世界の人」とつながることを強く意識していました。他競技の選手の方々をはじめ、水泳以外の世界の人と知り合い、新たな知識をつけて視野を広げたことで、それまで水泳のことしか知らなかった自分が、人間的にも大きく成長できたと感じています。
水泳界を盛り上げるために色々なことに挑戦したい
今後は水泳を軸にしつつ、活動の幅をできる限り広げていきたいと思っています。子どもたちへの水泳指導や選手たちのサポートはもちろん、スポーツキャスターなどの仕事にも、ぜひ挑戦していきたいです。これまで「伝えていただく側」だった分、今度は「伝える側」のお手伝いができたらと思います。
もちろん、最終的には競泳界全体を今以上に盛り上げて、これまで以上に強い「競泳日本」を築くことが目標です。ロンドン五輪の400mメドレーリレーでメダルをつかんだあの瞬間、チームメイトが飛び跳ねて喜んでくれた光景を、今も鮮明に覚えています。またあんなチームが生まれたら最高ですね。
また、競泳も含め、スポーツはファンの方々も含めて「ワンチーム」です。たくさんの方に応援してもらえる選手を育てつつ、声援を送る方々とも一つになって、競泳界の発展に貢献していけたらと思っています。
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