晩年の松下幸之助、本田宗一郎との出会いで、稲盛和夫氏が確信した経営者のあるべき姿
PHPオンライン衆知 / 2024年7月22日 11時50分
「心を高める、経営を伸ばす」――稲盛和夫氏のこの寸言を、氏を信奉する経営リーダーの方々で知らないという人はいないでしょう。
この言葉は「経営者の人格と企業の業績がパラレルになること」を表現しているというのですが、そうした経営の信念をどうやって得ることができたのでしょうか。誰もが知る先輩経営者との出会いにも触れた稲盛氏の講話をご紹介しましょう。
※本記事は、稲盛和夫[述]・稲盛ライブラリー[編]『誰にも負けない努力 仕事を伸ばすリーダーシップ』(PHP文庫)の収録内容<2007年9月19日「盛和塾」第15回全国大会での講話の一部>と<1992年4月6日「盛和塾」神戸・播磨合同塾長例会での講話の一部>を抜粋・編集したものです。
規模が大きくなるにつれ、経営の舵取りがうまくできなくなり、会社を潰す人がいる
私は、かねてから「経営はトップの器で決まる」ということを言ってきました。いくら会社を立派にしていこうと思っても、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」というように、その経営者の人間性、いわば人としての器の大きさにしか企業はならないものなのです。
例えば、小さな企業の経営で成功を収めた経営者が、企業が発展し、その規模が大きくなるにつれて、経営の舵取りがうまくできなくなってしまい、会社を潰してしまうということがあります。それは、組織が大きくなっていくにつれ、その経営者が自分の器を大きくすることができなかったからです。
企業を発展させていこうとするなら、経営の知識やスキルのみならず、経営者としての器、言い換えれば、自分の人間性、哲学、考え方、人格というものを絶えず向上させていくよう、努力をしていくことが求められるのです。
私自身も、決して若い頃から経営トップとしてふさわしい器を備えていたわけではありません。若い頃は未熟な面が多々ありました。しかし、そのことを自分でもよく理解し、少しでも成長できるよう、日々懸命に努力を続けていました。
ある経営者の方からお聞きしたことですが、20年以上も前に私はその方に対して、自分の人生を「理念を高め続ける日々」と話していたそうです。その方は、私が経営の技術を高めるというのではなく、経営にあたる理念、考え方、哲学を高め続ける日々を送っていると話したことに、いたく感動されたとのことでした。
そういえば、私は若いときから哲学や宗教関連の本を枕元に何十冊と積み、夜寝る前に少しでもひもとくよう心がけていました。たとえどんなに遅く帰ったとしても、一頁でも二頁でも頁を繰る。若い頃からそういう日々を送っていたために、「理念を高め続ける日々」と、不遜にも自分の半生を総括したのだろうと思います。
多くの経営者がそのようなことに努めてこられたはずです。例えば松下電器産業(現パナソニック)グループを創業した松下幸之助さん、また本田技研工業を創業した本田宗一郎さんが、まさにそうではなかったかと思います。
松下幸之助さんも、本田宗一郎さんも、晩年は、器の大きい人格者だった
京セラが順調に成長発展を重ね、やがて上場を視野に入れ始めた、30年以上も前のことです。私はある日本を代表する大手銀行の頭取にお目にかかり、日頃松下幸之助さんの著作をよく読み、尊敬申し上げていて、私自身もそのような生き方をしたい、そのような姿勢で経営にあたりたいと、自らの考えをお話ししました。
その頭取は、松下さんをよくご存じの方でしたので、てっきり相槌を打っていただけるものと思っていました。しかし「松下さんも若い頃には、やんちゃなところもあった。あなたみたいに若いくせに老成したようなことを言うのはいかがなものか」と、私をたしなめられたのです。
その言葉を聞き、愕然としました。人間ですから、若い頃には至らないところなど多々あるはずです。しかし、それでも自分の人間性を向上させようとしているかどうかが大切ではないだろうかと思い、大銀行の頭取でもそのようなことを理解しようとされないことに驚きました。
その後、私は実際に、晩年を迎えていた松下さんにお会いし、対談をさせていただく機会に恵まれました。やはり、素晴らしい人格と識見を兼ね備えた、まさに不世出の経営者でいらっしゃいました。一生涯をかけて、自分の器を大きくすることに努められたのでしょう。また、その結果として、松下電器産業は世界有数のエレクトロニクス企業に成長発展していったのです。
本田宗一郎さんもしかりです。本田さんは、一介の自動車修理工場の経営者から身を立てられた方で、若い頃は随分荒々しかったとお聞きしていました。現場でいい加減なことをしようものなら、すぐに鉄拳やスパナが飛んできたといわれています。またご自身でも、「遊びたいから仕事をするんだ」と公言してはばからなかったといいます。
私は、そんな本田さんが功成り名を遂げられた晩年に、お会いしたことがあります。本田さんをはじめ幾人かの経営者の方々とともに、スウェーデンの王立科学技術アカデミーの海外特別会員に選出され、その関連行事のためにスウェーデンへ招待を受けたときのことでした。
一週間くらい、本田さんたちと一緒に、スウェーデン各地を巡り、寝食をともにする中で、改めて本田さんが素晴らしい人格の持ち主であることを実感しました。
若い頃のエピソードが信じられないくらい柔和で、謙虚で、思いやりにあふれ、まさに人格者でいらっしゃいました。本田さんがそのように人格を高められたがゆえに、本田技研工業が、世界に冠たる自動車メーカーにまで成長発展することができたのだと私は思います。
私は、このように、経営者の人格と企業の業績がパラレルになるということを「心を高める、経営を伸ばす」という言葉で表現しています。これは、まさに経営の真髄ともいうべきことです。経営を伸ばしたいと思うならば、まずは経営者である自分自身の心を高めることが先決であり、そうすれば業績は必ずついてくるのです。
この心を高めることを怠った経営者は、いったん大成功を収めたとしても、没落を遂げていくのです。ビジネスで成功し、立派そうに見えた人でも、早い人で10年、遅い人でも30年も経てば、衰退の道をたどり始める。
それは、当初は仕事に打ち込み、一時的に人格を高めることができたとしても、事業を成功させた後に、いつの間にか謙虚さを忘れ、努力を怠るようになり、その人格を高く維持していくことができなかったからです。
もともと立派な考え方、立派な人格を持った人がいるわけではありません。人間は一生を生きていく中で、自らの意志と努力で素晴らしい人格を身につけていくのです。
特に多くの従業員を雇用し、その人生を預かっている経営者は、より大きな責任を背負っているはずです。生涯をかけ、弛まぬ研鑽の日々を送り、人格を高め続けることが、経営者として身を立てた者の務めであると私は考えてきました。
「どんな立派な人間でも繰り返しの反省がなければ、それを持続できない」
皆さん、どんなよい本を読まれても、おそらく何回も読み返しておられることはそうないと思うのです。しかし世の立派な人で、素晴らしい人生を送った人は、一冊の本をボロボロになるまで読んでおられるんですね。
実はどんな立派な人間でも繰り返しの反省がなければ、それを持続できないのです。例えばある勉強をした、こうした会に出た、または本を読んだ、そして感銘を受けた、うわーっ素晴らしいと思った。
しかし、そうなったからといって心のレベルが上がったままということは全然ないんですよ。その瞬間に上がっただけなんです。心のレベルは、それを繰り返しやって初めて持続できるのです。
ちょうど空中に浮いているのと一緒なのですよ。地べたに這いつくばった状態から、心のレベルが上がるというのは、そこから上がっていって宙に浮いている状態なんです。浮いている状態というのは、常にエネルギーを与えているんです。
例えば、ヘリコプターであれば、プロペラを回さなきゃいかんし、ロケットなら噴射してエネルギーを出さなきゃ、重力に打ち勝って止まっておられないんです。同様に心のレベルを維持するというのは、常に学んでいる、常に反省をしているということでなけりゃできない。ましてや人格、人間を向上させるという場合には、もっともっと勉強をしなきゃならないわけです。
私もやっとわかったのですが、あの経営者は立派な人だ、偉い人だと思ったのに、年がいくに従って普通どころか、決して立派でない人になってしまう。事実偉い時期もあったんでしょうが、その人の考え方が立派でなくなっていくと同時に、その会社も衰退していったというケースはいくらでもあります。
つまり、40代、50代の全盛期のときには素晴らしい考え方をしておられた。そして意欲もあった。会社も、ものすごく栄えていた。ところが、年がいくに従ってだんだん考え方が変わっていく。それは、しょっちゅうエネルギーを、つまり反省という心の栄養を摂っていないためにダメになっていくのです。
宗教界であっても、こういうケースは多いです。大僧正や老師といわれる人で、若いときに凄まじい修行をされて立派な見識を持った人が、年をとって、決してそうでなくなることがあります。確かに凄まじい修行をして、素晴らしい悟りの境地までいかれて、ある程度の心のレベル、人格をつくり上げてこられたんです。
しかし、それを持続していくには、同じように修行を続けていかなければならないのです。そうしなければ、たちまち元の木阿弥になってしまうのが人間の本性です。だから、その人が偉いか偉くないかというのは、今生きているその生きざまの問題なのです。
例えば、私みたいな者でもボケていかないにしても怠けていく。そのときには、もう値打ちがなくなっていく。常に反省をし続ける、反省のある人生かどうかが、人間の向上のもとだということです。
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