『LIAR』が魅せるバブル期の東京の夜空 なぜ、ファンは中森明菜の歌に感情移入できるのか?
PHPオンライン衆知 / 2024年7月16日 17時0分
平成がやってきた。中森明菜が激動の中で翻弄される平成元年がやってきた。それでも本稿では、音楽以外の話題は最小限に留めたい。ここは書き手としても腕の見せどころ、踏ん張りどころだと思っている。
※本稿は、スージー鈴木著『中森明菜の音楽 1982-1991』(辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
「昭和の中森明菜」の総括、総決算
激動が待ち伏せることなど知らなかったように、楽曲としてオリコン1位に復帰。しかし27.5万枚という数字は、同じく1位でも、例えば60万枚を超えた『十戒(1984)』『飾りじゃないのよ涙は』『ミ・アモーレ』などの往時と比べて、かなり食い足りないということを指摘しなければならない。
首位に立ったのは、平成最初のゴールデンウィーク直後=5月8日付ランキング。2位は矢沢永吉『SOMEBODY'S NIGHT』。しかし、中森明菜が憧れ続けた矢沢は、もうワーナー・パイオニアから離脱し、東芝EMIに移籍している。しかし音楽的には、前作に続いて、「昭和の中森明菜」の総括、総決算という感じ。ピークが続いている。掛け値なしに素晴らしいといえる。
正直、デビューシングルから順繰りに聴いてきたことが加点していると思う。逆にいえば、とびきり甘美な「総決算感」を味わうだけのために、デビューシングルから順繰りに聴いてみることをおすすめしたい。
「ザ・中森明菜ボーカル」の完成形
細かく見れば、前作『I MISSED "THE SHOCK"』に比べて、より歌謡曲的だといえる。音楽的には全体的にキャッチーだし(特にサビ)、さらに、そのサビの歌詞「ただ泣けばいいと思う女と 貴方には見られたくないわ」(でも)「次の朝は一人目覚める 愛は悪い夢ね」という、やや孤独な歌詞世界は、中森明菜ファン(特に女性)には感情移入・自己投影しやすいものだったはずだ。
しかし、サウンドが「いかにもな歌謡曲」になるのを食い止める。まずイントロでは、5小節目から激しく派手に動くピアノ(のような音)、とりわけ後半の三連符連打が聴き手の気持ちをいきなり揺さぶってくる。
続くAメロにおける中森明菜の低音域発声も安定的(最低音=F♯)で、ボーカリストとしての進化を感じさせる。またキャッチーなサビ=「ただ泣けばいいと~」からのメロディの歌い方はもう「ザ・中森明菜ボーカル」の完成形だろう。
「アーバン歌謡」がここに確立
注目したいのは、「Ah 霧のように」のコード(=【Fmaj7】)。ポーンと時空に投げ出されるような響きがする。投げ出される時空とは、「霧のように 行方も残さず 貴方が消え」た場所、つまり平成元年、バブルの真っ盛りで夜も眠らない24時間都市=東京の夜空の中だ。
そして東京の象徴としての名詞「ビル」が登場してから、歌詞も急旋回。「いかにもな歌謡曲的な女」が「アーバンな女性」に変わっていく。「もう貴方だけに 縛られないわ 蒼ざめた孤独選んでも」、そして「次の朝は一人目覚める それが自由なのね」。そう、これらの音楽的展開は、ここまで本書でくどくどと述べてきた「アーバン性」、そして「歌謡曲性」をも手繰り寄せた。
元々は『SOLITUDE』で提示された「アーバン性」が、「歌謡曲性」もしっかりと吸収した結果として、「アーバン歌謡」がここに確立した。そしてそれは「歌う兼高かおる」「歌謡曲の王道」「チャレンジ」が総決算した結果でもある。
中森明菜が東京の夜に降り立った『SOLITUDE』からの長い旅がここに完結する。「SOLITUDE」=「積極的な孤独」から行き着いたのは、「自由」だったのか、もしくは「悪い夢」だったのか。その判断は、読者に委ねたい。
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