新卒1人退職で1104万円損失 「メンタルヘルス対策」を見くびる企業の問題点
PHPオンライン衆知 / 2024年8月16日 12時0分
厚生労働省の調査によると、メンタル不調が原因で1ヶ月以上の休職や退職をする人は、全事業所の10%以上に上るといいます。これは、表面化した数字だけなので、実際はもっと多くの社員が心身の不調を抱えている可能性が高いのです。企業はメンタルヘルス対策として、ストレスチェックや産業医面談などを実施していますが、根本的な解決には至っていないのが現状です。メンタルヘルス対策の実情について、書籍『社員がメンタル不調になる前に』から紹介します。
※本稿は、藤田康男著『社員がメンタル不調になる前に』(日本能率協会マネジメントセンター)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
新卒が一人退職すると、1104万円損失という現実
前触れもなく、突然社員が辞めてしまう......皆さんの会社で、そんなことはありませんか?
どんな企業にお勤めの方でも、取引先やご家族のことまで含めると、かなり多くの方がそのような経験をしていると思います。この突然辞めてしまう社員ですが、中には建設的な理由の方もいらっしゃるとは思いますが、体調不良、特にメンタル不調で辞めてしまう方のほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。
厚生労働省の「労働安全衛生調査(実態調査)」では、メンタル不調が原因で1ヶ月以上の休職、または退職をされる方が全事業所の10%以上にのぼります。これは「メンタル不調」を明確な退職理由として識別できる方の人数ですので、メンタル疾患予備軍も含めると相当数の方が、何らかのメンタル不調を感じているはずです。
私は15年以上事業責任者の立場で仕事をしています。当然のことながら、人員計画の大切さを理解し、人員計画の予実のズレが事業に大きなインパクトを与えることを、身をもって経験しています。事業責任者の方でなくても、職場で何らかの理由で欠員が出れば、その分、働き手が減るわけですから、様々な皺寄せが自分に来たなどの影響を感じたことがあるでしょう。
従事されている業務が労働集約型の場合、その影響は非常に大きいと思います。さらに、長年PL(損益計算書)を管理し、利益にコミットする仕事をしていますので、1名の欠員がPLに与える影響を考えるとゾッとしてしまいます。
さて、その損失を具体的な数字で表してみましょう。仮に退職した社員の年収を480万円とします。
・労働配分率を50%とすると、年間960万円の付加価値減(480÷50%)
*利益率を30%とすると、3,200万円の売上減(960÷30%)
・採用時の人材紹介手数料を30%とすると、144万円(480×30%)
単純計算で、1,104万円(960+144万円)の損失が計算できます。
この数字とは別に、入社時の面接コスト、入退社時の調整コスト、育成に関するコストなどを含めると、さらに大きなものになります。
また、これらのコストを補填するための売上を逆算するとかなりの額になります。これが、退職者が発生した時に想定される損失です。この試算を目にすると、計画通り採用することも大切ですが、退職させないことも非常に重要なことだとよく分かります。
更に気になるのが、この状況を政府や人事労務担当者が理解しているにも関わらず、メンタルヘルス対策に関する状況が改善されていないことです。
職場におけるメンタル不調の対策は、「社員の健康を守る」という観点から日々検討され、手が打たれています。産業医との契約やストレスチェックの実施、ハラスメント窓口の設置などが法制度化されていることからも、さまざまな施策が考えられていることが分かります。
そして実際に、厚生労働省の令和4年「労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、60%の企業で上記のようなメンタルヘルス対策が実施されています。突然辞めてしまう社員が増えているのは、みんな肌感覚で分かっています。そして企業としても決して手をこまねいている訳ではないのです。
しかし、日本ではメンタル疾患者が年々増え続け、ここ数年は著しい増加を示しています。我々は、メンタル不調との付き合い方を真剣に変えていくべき時期にさしかかっています。
また、会社で実施されるメンタルヘルス対策で一般的なのはストレスチェックです。ほとんどの企業でストレスチェックが行われていますが、みなさんは、ご自身のストレスチェックの結果を分析できていますか?
前回と比べてどのように変化したのか、その原因は何か、自分の結果が集団の中でどの辺りに属しているのか、把握していますか?
ストレスチェックによって、高ストレス者がスクリーニングされ、高ストレス者に対しては産業医面談が推奨されます。仮に、自分が高ストレス者でなかった場合、それでメンタルヘルス対策になっているでしょうか。逆に、高ストレス者だった場合、自ら希望して産業医面談を受けますか? その面談では何を話しますか? 「調子が悪いです」と言えますか?
現行のストレスチェックの仕組みは非常に有意義ですし、会社として最低限実施しなければいけない法的義務があります。ですが、ストレスチェックの実施だけで、社員の健康を担保できているわけではないのです。社会が変化する中で、その社会変化に対応した取り組みを行う必要があると私は考えています。
自分ではメンタル不調に気付けない
あなたは、今、メンタル不調ですか?
......分からない?
それでは質問を変えましょう。
あなたは、今、メンタル関連の病気ですか?
......やはり、分からないですか。
お医者さんから病名の診断結果が下ってないと、「はい、病気です」とはご自分ではなかなか言えないものでしょう。
では、今、あなたは、モヤモヤしていますか?
この質問には多くの方がYESと答えるのではないでしょうか。試しに、私は近くにいた周囲の5名に質問してみました。すると、そのうち、なんと4名がYESと答えたのです。それほど、モヤモヤは一般的な感情なのだと思います。
次に本題の質問です。
皆さんは、「モヤモヤ」と「病気」の境目が分かりますか? または、モヤモヤして調子が悪いと感じ、医師に診てもらうべきタイミングが分かりますか?
恐らくほとんどの方は、モヤモヤと病気の境目は分からないでしょうし、医師に診てもらうべきタイミングも分からないでしょう。私自身も分かりません。
私は以前、メンタル不調者200名に聞き取り調査を行ったことがあります。その結果、ほとんどのメンタル不調者が周りから声をかけられて初めて、自分が「病気」であると認識していることが分かりました。どこからが「病気」で、どこまでが「健康」なのか分からなかった、とほぼ全員が答えたのです。
そう、我々は、メンタル不調に自分では気付けないのです。そして、モヤモヤしだしたどこかの時点で、すでに「病気」になっているのです。
考えてみれば、モヤモヤした感情は幼少期から様々な場面で感じることがあったと思います。それは日常的な感情で、その先の病気というべき状況は未経験なわけですから、その境界線を見極められる方はいないでしょう。逆に言うと、個人の力量で「メンタル疾患に陥らないようにする」というのは不可能なのかもしれません。
更にもう一点、知っておいて欲しいことがあります。真面目だったり、責任感が強かったり、優秀な方ほど調子を崩しやすい、と聞いたことがありませんか。統計的なデータがあるわけではありませんが、ここにも誰もが知っておくべきポイントが隠れています。
私を含め多くの方は、様々な壁に向き合い、困難を乗り越えることを「善」とする価値観を持っています。あと少しの努力で成果を出せそうだったり、目標を達成できそうだったりすると、多少無理をしても、その課題に取り組んでしまいます。また、そのような方が周りにいると無意識に完遂することを応援してしまいます。
つまり、我々はストレスを感じたとしても、当事者としてもサポーターとしても、やり遂げることを「当然のこと」と認識し、課題に没頭してしまうのです。
誰かに言われたわけではないけれど残業して完成させた、ここが正念場だと思って1週間程度睡眠時間を削って作業した、クライアントから厳しいフィードバックをもらったけれどグッと堪えたなど、知らず知らずのうちに「健康」と「病気」との境界線を超えて、自分を奮い立たせている可能性があるのです。
医師はメンタル不調になるのを待っている?
私たちは自分のメンタル不調に気付けません。一般的な感情である「モヤモヤ」と「病気」の境界線を知る方法の一つとして、医療機関で医師の診療を受けることも増えてきました。
ただ、「心の病」で医師の診療を受けるのは、少し気が引けたりするところがありませんか。日本は国民皆保険が整備され、医師の診療を受けること自体は一般的です。しかし、風邪や腰痛でお医者さんに行くのと比べて、「心の病」でお医者さんに行くのでは、やはり心持ちが違います。
その抵抗感というのは、誰が悪い訳でもなく、幼い頃からの外部環境の影響によるところが大きいと考えています。これまでの人生の中でつくられてきた価値観によるものとも言えるでしょう。
私の聞き取り調査で、ほとんどのメンタル不調者が、周りから声をかけられて初めて自分が病気であると認識していた、と先にお伝えしましたが、その根本を辿ると、心の病で受診することへの抵抗があったゆえ、という面も否めないと思います。
では次に、意を決して医療機関を受診した場面についてです。仮に、その段階の診療で何らかの病名がつき、病気であることが分かれば治療は当然始まります。そして恐らく、その段階では心の状態は既にかなり悪く、身体への反応も見られているはずです。
逆に、医療機関を受診した際に、病名がつかなかったらどうなるのでしょうか?
それが、何も起こらないのです。少額の初診料を払ってただ帰る、ということになります。私自身、モヤモヤして医師のもとを訪れた際には、次のようなやりとりがありました。
----------------
医師 「今日は、どうされましたか?」
私 「営業成績が悪くて、モヤモヤして、気持ちが悪いんです」
医師 「夜は眠れていますか?」
私 「眠れています」
医師 「食事はいかがですか?」
私 「食が進まないこともありますが、食べています」
医師 「集中してお仕事はできていますか?」
私 「はい、仕事自体は頑張ってできています」
医師 「その他、気になることはありますか?」
私 「営業成績が悪くて、どうしたらいいか、モヤモヤしています」
医師 「その他は、なにかありますか?」
私 「いえ、他にはないですが、仕事のことが気になって、モヤモヤしているんです」
医師 「そうですか。まぁ、お仕事を頑張る年齢でしょうし、色々ストレスもあると思います。とにかく、しっかり休息をとって、引き続き頑張ってください。少し様子を見て、もし問題があれば、また来てください」
私 「そうですか......。はい。ありがとうございました」
----------------
まったく肩透かしを食らったような感覚でした。「えっ、これでおわり?」、そんな想いで医療機関を後にしたのです。「どうやら、病気ではなかったらしい」ということは分かったのですが、「これで、本当にいいのかな?」という想いが残りました。さらにこの後も、何度か医療機関を訪問したのですが、同じようなやり取りを繰り返すばかりで、毎度、「病気ではない」との診断でした。
この間、心の状態が改善している感覚は私自身にはなく、どちらかというと辛さがどんどん増していたのです。また、驚いたことに、メンタル不調者への聞き取り調査を行う中で、同じような経験をした方が何人もおられたのです。その方々は、医療機関に複数回通う中で、ある日、突然病名がつき、そして不意に、いえ、とうとう「あなたは病気です」と診断、宣言されるのです。
私も、もしあのまま医療機関に通い続け、どこかのタイミングで状態が悪くなっていれば、悪くなった段階で病名がつき「あなたは、病気です」という診断が下っていたのだと思います。
私は、これら一連の経験から、医療機関は「病気であることの診断(判断)を行うこと」「病気であれば、その治療を行うこと」が役割なのだと気付きました。当然と言えば、当然です。
ですが、私は、ちょっと意地悪な言い方かもしれませんが、医師は「通ってくる方がメンタル不調になるのを待っているのかな?」と思ってしまいました。だって実際、通ってくる方がメンタル不調にならないと、医師はなにもしてくれないのですから......。
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