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廃業が相次ぐ旅館業界...最高売上を更新する温泉宿が「あえて効率化しない」理由

PHPオンライン衆知 / 2024年8月5日 17時0分

鈴木良成氏

コロナ禍で大きな打撃を受け、休廃業・解散が相次いでいる旅館業界。そんななか、伊豆稲取温泉「食べるお宿 浜の湯」は、リピーターが全宿泊客の5割を占め、コロナ禍の最中から毎年のように最高売り上げを更新しているといいます。その理由は、多くの旅館が業務効率化のためにやめてしまった「仲居の完全担当制」にあると、社長の鈴木良成さんは言います。

 

コロナ禍で団体客が来なくなり、旅館業界が苦境に

旅館業界にとっての大きな変化は、実はコロナ禍より30年近くも前、バブル崩壊の時にまず訪れました。バブルの頃にものすごい人数が泊まってくれていた社員旅行やグループ旅行といった団体客がパタリと来なくなり、宿泊客数が激減したのです。

そのため、それまで団体客だけを相手にしてきた多くの旅館は、個人客も取らなければやっていけなくなりました。しかし、完全に個人客化することにまでは踏み込めませんでした。というのも、旅館の稼働率がおぼつかない中で、わずかにあるグループ・団体客を受け入れていかないと、さらに経営状況が悪化してしまうからです。

そうしているうちに今度は日本がコロナ禍に見舞われました。外出や旅行に対して自粛ムードが広がり、団体客が全く来なくなってしまったため、全国すべての旅館が個人客だけを追い求めなければならない状況になりました。

しかし、それまでずっと中途半端に団体客も個人客も追っていたため、個人客に認められる旅館になろうと思っても、そのための仕組みや受け入れ体制をわずか数年で変えられるわけがありません。そのため多くの旅館は個人客をなかなか思うように集客できずにいます。そして、それに耐えきれなくなった旅館が廃業してしまっているわけです。

 

多くの旅館がサービスの合理化を進めたワケ

団体客ばかりを追いかけていた旅館が個人客を集客できない一番の原因は、業務の効率化です。昔のような売上高がないなか、わずかな売り上げで旅館を存続させていくためには、経費を節約して、少ない売り上げでも利益を出るようにしないといけません。

そのためには業務の効率化、合理化を図る必要がある。旅館業の経費で大きな割合を占めているのが食材費と人件費で、真っ先にそこにメスを入れることになります。

そうなると、料理の質は当然のごとく落ちます。スタッフが少なくなりますから、料理の部屋出しなど不可能で、食事はすべてのお客様を食堂に集めて食べていただくことになります。一品一品の料理についての事細かな説明をする時間的な余裕もありません。

仲居が料理の説明をしていればお客様はもっと美味しく味わえたはずなのに、そういったサービスがすべて省かれてしまい、それがサービスの質の低下につながっていく。そのため、どこの旅館に行っても似たような料理、似たようなサービスという状況に陥ってしまっているのです。

 

「仲居の完全担当制」こそが旅館の原点

旅館はお客様のリピート率が高くなければ、安定した高稼働率は維持できません。リピートしていただくためには、他の数多くの旅館と比べられたうえで「あそこにまた行きたい」と選んでいただかないといけません。ところが、上で述べたように、どこも団体向けに効率化・合理化を進めていったために、個人のお客様に何度も選んでいただけるような旅館作りができていないのです。

私が経営する「浜の湯」は、前面に海が広がる絶景と、「食べるお宿」の名のとおり、伊豆の海の幸をふんだんに使った料理が目玉ですが、それ以上にこだわっているものがあります。それは、一人の仲居がお客様をお出迎えしてからお見送りするまで寄り添う「仲居の完全担当制」です。

一般的なホテルや旅館では、玄関先でドアマンがお客様を出迎え、チェックインはフロントマンが行います。お部屋へ案内するのはベルマンで、お食事はレストランスタッフが対応します。このように、お客様は滞在中、数多くのスタッフと関わり合いを持つことになります。

しかし浜の湯では、お出迎えからチェックイン、部屋へのご案内、夕食・朝食の料理の部屋出し、寝具の準備、そして翌日の朝食からチェックアウト、お見送りまで、そのすべてを仲居一人が担当するのです。

それによりお客様は、それだけ長時間にわたって寄り添うように接客をしてくれる仲居さんに全幅の信頼を寄せるようになり、またあの仲居に会いたいといって何度も足を運んでくださるようになる。私はそれが旅館の原点だと思っています。

そして浜の湯には、顧客カルテというものがあります。ここには、宿泊されたお客様とどういう話をしたか、どのようなご要望があったかといったことを、担当した仲居がこと細かに記入していきます。そのお客様がまた訪れてくれたら、1回目に担当した仲居が再び担当します。その際、仲居は事前に顧客カルテを見て、そのお客様に合わせた会話やサービスを行っていくのです。

例えば1年ぶりの来館であっても、「猫の◯◯ちゃんは、相変わらずかわいくしていますか?」と仲居が聞けば、お客様はそんなことまで覚えていてくれたことに感動して喜んでくれます。

リピーターとなってくださったお客様は、浜の湯に泊まれば泊まるほど、何も言わなくても自分好みのことを仲居がやってくれるようになるわけです。このようなパーソナルなサービスのご提供を続けていくと、時には最後にチェックアウトしてお見送りをする際、お客様が涙を流して仲居との別れを惜しむことがあるほどです。

それが、浜の湯のお客様の5割がリピーターという結果につながっているのです。

 

日本ブランドの一つとして「旅館」が世界で認識されるように

また、コロナ禍の際には「仲居の完全担当制」と「食事の部屋出し」が思わぬ効果を発揮しました。お客様に対応するのは仲居一人だけ、食事は自分たちの部屋で食べていただくので、他のお客様と顔を合わすことがないため、コロナリスクの低い宿としてお客様に選ばれることになったのです。

リピーターのお客様の中には、今は旅館が大変な時期だろうから、浜の湯に泊まりに行って助けてあげようという思いで来ていただいた方も多くいました。そのため、コロナ禍の初年度は、2か月半の全館休業が終わってからすぐに多くのお客様に来ていただき、1億円以上の利益を出したほど。Go To トラベルが始まった頃には、創業以来の最高売り上げを毎月更新していました。

仲居の完全担当制は仲居の人数が多く必要なので人件費がかかり、人材の採用にも教育にも手間と時間がかかります。また食事の部屋出しについても、お客様のお食事の進み具合を仲居が見ながら、冷たい料理は冷たいまま、温かい料理は温かいままお出しするので、かなりの手間がかかります。

それでもなぜ私が「仲居の完全担当制」と「食事の部屋出し」にこだわるのかというと、これが旅館の文化だからです。浜の湯は、日本旅館の古き良き伝統を守り継ぎ、現代のニーズにも応えられる旅館として成長してきたからこそ、リピーターのお客様に支持されているのだと確信しています。

 今後、日本の人口が減少していくなかで旅館が存続していくためには、インバウンドの力を借りる以外に方法がなくなることが予想されます。そうなった時のためにも、日本の一つのブランドとして「旅館」が世界の人たちに認識されるようになることが必要です。

そのためにも、旅館の「仲居の完全担当制」や「食事の部屋出し」を古き良き伝統として、世界の人たちにアピールしていく必要がある。そして、日本旅館ならではのおもてなしが、世界に誇る旅館ブランド構築の重要なカギになると私は考えています。

 

【鈴木良成 (すずき・よしなり)】
1964年生まれ。釣り宿「浜の湯」の長男として生まれ、大学卒業後2年間、山形県の旅館で修業を積み家業に加わる。2008年、社長就任。現在は、観光サービス専門学校の講師も務めている。
食べるお宿 浜の湯HP: https://www.izu-hamanoyu.co.jp/

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