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働き方改革の成果は? 社労士が目撃した「日本の労務環境の変化」

PHPオンライン衆知 / 2024年12月10日 17時0分

働き方改革の影響

2019年4月1日から順次施行されてきた「働き方改革関連法」。有給休暇の取得義務や時間外労働の上限規制など、様々な制度が拡充されてきたが、果たしてこの5年間で日本は働きやすい社会になったのだろうか?

社会保険労務士事務所、大槻経営労務管理事務所代表の大槻智之氏に話を聞いた。

 

日本は働きやすい社会になったのか?

――この5年間で日本の働き方はどのように変わりましたか?

まず、日本の労働環境は大きな変化を遂げたといってよいのではないかと思います。経営者の意識が大きく変わり、働き方の多様化が進みはじめてきました。かつては「労働環境の改善には時間やお金をかけていられない」という姿勢の経営者が多くいましたが、現在では「労働環境の改善は他人事ではなく、何とかしなければならない」という意識が広がっています。

例えば最近、売り手市場で多くの企業が深刻な人手不足に悩んでいますが、応募者側にリモートワークが認められているかどうかといった、働き方改革の目的が人材確保になってしまっているのは課題だと思います。

私も長年、社会保険労務士として「働き方」に携わってきましたが、すべての業界・会社の業績アップに直結する働き方や制度というのは聞いたことがありません。あたりまえですが、どのような働き方が最適か、どのような制度が必要かは、業種や職種などその会社によっても異なるからです。

例えば社内に託児所を設けている企業がありますが、都心の会社と地方の会社とでは託児所の需要も異なります。それなのに、一概に"託児所がない会社はダメだ"という風潮になってしまうのは考えものといえるのではないでしょうか。

一方で、コロナ禍から日常生活に戻っていく中で、リモートワークを廃止して出社に切り替えた企業も多くありますが、そのような企業が手のひら返しでブラック扱いされることは間違いです。日本は他の国に比べ、新入社員や部下に対して丁寧な指導が求められていたり、基本的にチームで業務を行なっていくスタイルなので、連携が取りにくく、指導もしにくいリモートワークは実は日本にはまだまだ適していないように思います。

また昨今、働き方に対する世間の関心が高く、企業ごとに様々な制度が作られていますが、これからはその中で本当に必要なものと必要でないものが分別されて「日本にあった働き方」というものが定まっていく、今はそのための調整段階なのだと私は思います。

――「最新の働き方改革」といった事例はありますか?

社員が安心して働ける"心理的安全性"の高い企業はひとつの事例と言えます。そのような企業は、「1on1」という管理職や上司と直接話せる面談の機会が多く設けられていたり、社員の意見や行動に対して原則否定をしないことがスタンダードになっています。一方で、社員の肉体的・精神的安全のために残業の規制などは必要だと思います。

2024年問題に挙げられる輸送業界や医療業界も、以前であれば「この業界だから仕方ない」といった開き直りともいえる理由で、有給休暇の未消化や時間外労働が見過ごされてきましたが、有給や休憩を必ず取らせる企業も増えてきました。

また最近の医療業界では、帽子や制服の色を区別することで、そのスタッフが早番なのか遅番なのかがひと目で分かりやすいようしているところなどもあり、これにより退勤間近の職員への無理なお願いが減少するといった様々な取り組みが行われています。

 

現代と昭和の労務環境

――社会保険労務士事務所として日本の労務環境に携わって50年とのことですが、今どんなことを思いますか?

テレビドラマ「不適切にもほどがある!」で現代と昭和の労務環境などが比較されて話題になりましたが、確かにあの時代の方がコミュニケーションを取るには良かったと思います。ただ労務環境の面では、やはり良かったとは言えないでしょうね。

当時はコミュニケーションの度が過ぎてしまっている人がいただけで、それを少し改善するだけでも良かったのに、大きく作り変えてしまったことにより、何かあるとすぐにハラスメントと言われるようになりました。もちろんハラスメントはよくないのですが、ハラスメントという言葉が一人歩きしていて、その意味を正しく理解していない人が増えているように思います。

労働時間もそうです。36協定で月に45時間以内の時間外労働は認められていますが、最近では「時間外労働=ブラック企業」という風潮になっています。確かに時間外労働をゼロにすることは良いことです。しかし本来は、生産性を落とさずにいかに時間外労働をゼロにするかが重要なのに、ただ時間外労働をゼロにしようとしている企業が多いように思います。

――社会保険労務士の業務に変化はありましたか?

50年前に社会保険労務士に労務管理を頼む企業はごく少数でした。以前は、労働基準監督署の調査(臨検)が入ったときに、対処すればいいという会社が多かったのですが、今は調査の有無に関わらず、法律の範囲内のことはしっかり守っていこうという方針に変わりました。働き手の意識が強くなったことで、労務管理を社会保険労務士に頼むのが一般的になったのが大きく変わったポイントです。

昔のアパレル業界などは「残業しても残業代がないのが当たり前」という状況でしたが、今では休憩や有給、残業代をしっかり支給できる制度を整えられるようになってきています。

 

今後必要とされる働き方の仕組み

――今後必要とされる働き方の仕組みとはどういったものになるでしょうか?

第一に必要なのは、最低限の労務コンプライアンスです。経営者たちの意識が労務コンプライアンスに向けられはじめたのは、働き方改革の着実な成果でもあります。

次に必要なのは、心理的安全性です。法律を守っていてもハラスメントなどの労務問題がなくなるわけではありません。ハラスメントの発生を減らすなど、心理的安全性の高い職場環境をつくることで労務問題は減少します。

ますます起業や転職などキャリアビジョンの幅も広がっており、その会社で自己実現がどれだけできるかが離職するかどうかや会社選びの基準となっています。否定的な文化が少なく発言権がちゃんとあったり、ハラスメントがないといった心理的安全性の高い環境を認識できて、初めて働き手は「この会社なら自己実現ができる」と思えるようになるのではないでしょうか。

これからの十数年で、日本ならではの働き方というものがある程度定まってくることになるかと思います。その核にあるのはこの心理的安全性ではないかと私は想定しています。人手を確保するためだけの誤った制度を拡充するのではなく、本当の意味で人が成長できたり、心理的安全性を持って働ける環境づくりに社会保険労務士という立場で取り組んでいきたいと思います。

 

【大槻智之】
1972年4月、東京生まれ。明治大学大学院経営学研究科経営学専攻博士前期課程修了。特定社会保険労務士、傾聴アソシエ、採用定着士、ジョブオペ認定コンサルタント、仕組み経営コーチ、承認コミュニケーター。創業50年、750社を超えるクライアントを支援する社会保険労務士法人・大槻経営労務管理事務所の代表社員。労務トラブル、採用、目標管理、評価制度、業務改善、経営仕組み化支援まで職場の問題解決から課題解決までを手掛ける。著書に『働きやすさこそ最強の成長戦略である』(青春出版)『規程例とポイントが見開き対照式でわかる就業規則のつくり方・見直し方』(日本実業出版社)YouTubeチャンネル「社労士大槻智之の働く現場のお悩み相談室」など

 

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