【「江戸検」過去問】 遠山の金さんが騎馬できなかった病気

NEWSポストセブン / 2012年5月17日 7時0分

 江戸の文化や歴史、生活などに関する知識を総合的に問う検定試験、第7回江戸文化歴史検定「江戸検」が10月28日に行なわれる。世の検定ブームの先駆けとなり、高い人気を誇る江戸検の魅力を過去問題によるプレ検定で体験して頂きたい。今回は「江戸のお仕事編」。

【問1】江戸では「四文屋」と呼ばれる店が流行しました。今でいえば、どのような形態の商売でしょう?
(い)レンタルショップ
(ろ)100円ショップ
(は)リサイクルショップ
(に)コンビニエンスストア

【問2】江戸の商家などでは、年末の大掃除「煤(すす)払い」のあと、あることをしていました。それは次のうち、どれでしょう?
(い)豆まき
(ろ)万歳三唱
(は)胴上げ
(に)寒中水泳

【問3】町奉行として著名な遠山左衛門尉景元は、西丸小納戸役であった文政9(1826)年、ある病気のため騎馬での登城が困難になり、5か月間に限り駕籠での登城を許されました。さて、その病気とは何でしょう?
(い)痔疾
(ろ)骨折
(は)腰痛
(に)歯痛

 正解は下に。





【問1】(ろ)。四文屋の「四文」とは、銭4文のこと。明和5(1768)年、1枚で4文に相当する四文銭が鋳造され、この銭が流通するようになると、物の値段も4の倍数が基本となり、16文の蕎麦や8文の寿司が定着していく。四文屋は4文の定額で煮魚、煮しめ、大福餅、氷水などを売る屋台店のことで、いわば元祖100円ショップ。

【問2】(は)。江戸時代には、竈や囲炉裏、火鉢などに薪や炭を使ったので、家の中には煤がよくたまった。1年分の煤やほこりを払って厄祓いをし、気持ちよく正月を迎えようという年末行事が煤払いだ。江戸城の煤払いが、毎年12月13日(旧暦)と決まると、武家や町家もこの日にするようになった。当日は、早朝から奉公人や出入りの職人が駆けつけて大掃除が始まる。終わると恒例の胴上げが行なわれ、祝儀がふるまわれた。

【問3】(い)。講談やテレビでは、桜の入れ墨をした名奉行として人気の「遠山の金さん」こと遠山景元。彼が馬に乗れないほどの病気とは、痔だった。駕籠の使用許可を西ノ丸目付に願った書状が残っている。当時、金さんは500石の旗本で、駕籠に乗って登城できる身分ではなかった。

※週刊ポスト2012年5月25日号



【関連ニュース】

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング