高橋克也容疑者の亡き母 「もう一度会いたい」と願っていた

NEWSポストセブン / 2012年6月15日 7時0分

 築40年以上木造2階建ての一戸建て。外壁には伸び放題のツタがからまり、ポストには郵便物やチラシがあふれている。

 地下鉄サリン事件で特別手配中の高橋克也容疑者(54才)が約10年間潜伏していた神奈川県川崎市のアパートから、車で30分ほどしか離れていない空き家。ここが高橋容疑者の実家だ。

 高橋容疑者は横浜市で生まれ、この家で育った。父親は国鉄職員、母親は看護師で、4才年上の兄がいる。工業専門学校を卒業後、市内の電機会社に就職したものの1年で辞め、1987年にオウム真理教に入信して、そのまま出家した。

 そして、地下鉄サリン事件が起こり、息子が容疑者として指名手配された。連日連夜、息子のことが報じられたが、母親にとっては、最愛の息子であることは変わらなかった。

「警察が家を訪ねてきても、現実を受け入れたくなかったのか、何も答えないこともあったようです」(近所の住民)

 1年ほどが経ち、ようやく息子の罪を受け入れるようになり、警察の捜査に進んで協力するようになったという母親。友人には、「息子が申し訳ないことをしてしまった」と謝るようになっていった。

 高齢に加えて、心労もあったのだろう、母親はしだいに体調を崩していく。そして、1年ほど前に末期がんが見つかったという。

「周りの人たちに、寂しそうに“克也にもう一度会いたい”と漏らしてました。やっぱり最後に一度だけでいいから会いたかったんでしょう…」(別の近所の住民)

 その思いは叶わず、昨年9月、母親は89才で帰らぬ人となった。高橋容疑者は、葬儀にも顔を見せることはなかったという。

※女性セブン2012年6月28日号



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