仙台「命を救う医療施設」の最新工法 大震災の教訓活かす

NEWSポストセブン / 2019年3月21日 7時0分

昨年完成した救急センター(C棟)

 東日本大震災から8年。激震に見舞われた地で災害に強い医療現場が昨年2月に誕生した。宮城県仙台市を見渡す高台に建つ「仙台オープン病院」だ。

 同病院は1976年に開設され、年間1万人以上の救急患者を受け入れてきた。1998年には国内初の地域医療支援病院に指定。高度な医療機器や多くの病床が必要な場合、他の地域医療機関にも施設を開放する「オープンシステム」と呼ばれる診療体制をとっている。東日本大震災でも被災地の重症患者を多数受け入れた。

 新たに救急センター(C棟)が建設されたのは、より災害に強い医療機関を目指したためだ。茂泉善政・院長代理兼救急センター長が言う。

「健診センターや手術室などが入るA棟、B棟は2006年に免震構造を採用していたので、震災直後でも滞りなく手術や治療を行なうことができた。しかしそうでない旧・救急センター棟は書類棚が次々と倒れ、機能しなかった。C棟の建て替えで目指したのは、災害拠点病院として地震に強い建物に生まれ変わることでした」

 東日本大震災の教訓を活かし、随所に工夫が凝らされている。救急車の乗降場には高速シートシャッターを設置し、天候に左右されない患者の安全な搬送を可能にした。さらに救急搬送をスムーズにするため、国内最大級の大型エレベーターを導入している。

「患者さんも医療スタッフもそのまま乗り込めるので、エレベーター内部での処置も可能になりました。本当に重宝している」(同前)

 他にも、災害時7日以上の自力運営が可能な自家発電機、地下水利用システム、マンホールトイレの設置など震災経験からの現実的な多くの機能が盛り込まれた。特に目を引くのが、開放的なICU(集中治療室)だ。

「不眠や幻覚などに陥りやすい患者さんの不安を少しでも和らげるために、木目のインテリアや、まぶしさを軽減する穏やかな調光の間接照明にしていただきました。また、窓を大きくとって向かいの公園を眺められるようにともお願いしました。ICUの機能性を維持しつつも患者さんが安らげる環境になっている」(同前)

 目立たない部分にも最新技術が施されている。設計を担当した鹿島建設建築設計本部の海野裕彦・技師長が言う。

「既存の免震B棟と免震新C棟を2階で接続する通路は、重傷患者搬送が最も多い場所であるため、地震時及び平常時の性能について多くの改善要望をいただきました。

 そこで免震建築物同士を接続する部分では日本で初めてとなる『平常時フルフラット型免震エキスパンションジョイント床金物』を採用。これは地震時に最大で1350mmの可動幅を確保でき、なおかつ平常時は床面に段差が生じない構造になっており、これにより常時、緊急搬送用の安全な動線を確保することができました」

 細かな部分まで医療従事者の要望を設計に取り入れられたのには理由がある。鹿島建設営業本部医療福祉推進部の岡部光一・営業部長が言う。

「このプロジェクトは設計・施工の一括発注を受けてスタートしました。そのため基本設計の段階から病院の各部門と綿密なヒアリングを実施し、そのニーズを深く理解することができました。

 救急動線の短縮化に加え、休日・夜間の時間外患者の急な増加には一般外来の一部も開放できるフレキシブルな構造を導入しています」

 災害で得た教訓は、細部に至るまで確実に活かされている。

※週刊ポスト2019年3月29日号

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