韓国はなぜ「パートナー」との関係を容易に反故にできるのか

NEWSポストセブン / 2019年3月26日 7時0分

 日韓パートナーシップ宣言から約10年後の2008年頃、ソウル在住の日本人駐在員からこんな話を聞いたことがある。

「取引先の韓国企業に行ったら、『何しに来たんだ』という対応でした。自分の会社が成長すれば態度をくるりと変えて、『もうお宅の会社は用無しだよ』と言わんばかりでした」

 韓国社会に見られるこうした手のひら返しは今でも健在だ。今年に入って韓国のオフィスを畳んだある日本企業の駐在員は、帰国前にこんなことを話していた。

「最初の頃は日本から出張してビジネスしていたのですが、そのうち共同事業を展開しようというリクエストが韓国企業側からあり、ソウルオフィスを開いたんです。でもそれから十数年たつと、向こうはうちの技術をすっかり習得。うちはもう不要扱いされたので、オフィスを畳むことになりました」

 韓国社会はなぜそれまで「パートナー」と認めていた相手との関係を、いとも容易に反故にできるのだろうか。

 それは韓国が熾烈なまでの競争社会だからだろう。自分にとって有利となる人とは「パートナーになろう」と言い合うが、片方が役に立たなくなると、あっさりとパートナーから外され、場合によっては競争相手として蹴落とす対象とされてしまうのだ。ある韓国人サラリーマンはこう証言する。

「韓国では仲間を打ち負かしていかなくてはいけません。プロジェクト案の競争でも、一番を取らないと意味がないのです。一番のものだけが採用され、二番以下のものはたとえ一部分に良いところがあってもすべてボツです。なのでプロジェクトが動き始めれば、採用された案の発案者に他の同僚は従わないといけません。しかも二番以下が続けば、会社を去らねばいけません」

 かつてパートナーだった日本は、成長した韓国にはもう要らない。韓国メディアは「日本とは親しくなるべきだ」とする主張においてさえ、植民地支配の歴史もあって「気に入らない隣国だ」と前置きしている(「中央日報」3月15日付コラム)。

 そうなってしまった以上、1965年の請求権協定も、今の韓国政府には大きな意味を持たなくなったと考えるべきだ。日本がかつてのように「共存共栄をしていこう」と外交ルートを通じていくら声高に訴えたところで、韓国政府が聴く耳など持つはずもないのだ。

 これからの日本は、「話が通じない隣国」として韓国と接していくべきである。

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