『ドキュメンタル』考 松本人志理論から離れるほど強さ際立つ

NEWSポストセブン / 2019年5月12日 16時0分

 今でこそ笑いが続く『ドキュメンタル』だが、当初はムードが異なっていた。それこそシーズン1は、番組よりも実験といった意味合いが強かった。誰もやったことがないゲームに挑む芸人の戸惑いとプレッシャー、そして、なによりも「松本さんが見ている……」といった緊迫感。良くも悪くも視聴者に現場の殺伐とした空気感が伝播するマニアックな内容だった。

 そんなシーズン1よりも更に試行錯誤をしていたのが幻のシーズン0だろう。『ドキュメンタル』1周年を記念し配信された『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル Documentary of Documental』で観られる『ドキュメンタル』のパイロット版である。

 シーズン0における最大の特徴は、ルールのシンプルさ。“2回笑った人が退場する”、たったこれだけ。時間も無制限、今では許されている道具の持ち込みも禁止されていた。本当の意味で、身一つで笑いをとるゲームだったと言える。今では人気芸人の会員制クラブと化しているが、当時は違った。参加者のなかには一般的には名前を知られていない芸人も、そして元プロ野球選手の板東英二が名を連ねていた。パイロット版ということを加味しても、自力で笑いを生み出すタイプではない芸人がいたことが特徴的。結果、シーズン0のバトルは非常に重いものとなっていた。笑わせることをしない芸人がいるため、沈黙している時間が長い。時折、笑いは起こるものの開始8時間を過ぎた頃には場が完全に停止。膠着状態があまりにも続くため、業を煮やした松本がプレイルームに入室し、話を回すといった展開に……。

 シーズン0を観る限り、松本はたぶん、もっと簡単に芸人は笑うと考えていた。トリッキーな板東の登板は、そんな余裕に由来するものだろう。しかし、シーズン0で表出したのは玄人が玄人を笑わせることの難しさだった。 このように『ドキュメンタル』とはハードモードなゲーム。今回のコラムを執筆するにあたり全シーズンを観返し、再確認する。また、そのなかで『ドキュメンタル』で普遍的に問われている2点の項目にも気がついた。

 ひとつ目は、自分が用意してきた持ちネタを披露する積極性。配信される動画では松本もツッコミや笑い声も入って賑やかだが、実際の現場は無音だという。そんな緊迫した状態でいかに自分の攻撃時間を作っていくか。シーズン7、ゲームが始まる数秒前「こんなことを言うのもなんですけど、『ドキュメンタル』で攻撃せずに面白くなかった人って無茶苦茶叩かれますから」と松本。リスクをとらず、ただ笑わないで場にいるだけでは許されない厳しさがある。

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