塩谷瞬 14歳でバーテンのバイトとなり、15歳でバー経営した

NEWSポストセブン / 2012年8月23日 7時0分

 モデルと料理研究家との二股騒動で脚光を浴びた俳優・塩谷瞬(30)。母親の顔すら覚えていないという彼は小学校時代に不登校になり、極貧の生活を送った。実父とも15歳で決別したという。プロインタビュアー・吉田豪氏が塩谷の少年時代をさらに深彫りする

 * * *
――温かい家庭を知らないと、結婚に憧れたり、不安になったりしないですか?

塩谷:僕は早く結婚したかったです。15ぐらいのときに当時の彼女と結婚したかったんですけど、僕が東京に出てきて遠距離になって、彼女は中学生だったので、親からの反対もすごく激しかったから別れて。

 僕はお店を経営したりしてたので、結局、仕事が終わってからしか会えないじゃないですか、仕事の前とか。結局、泊まりに来てたりすると、学校に行かなくなっちゃったりして、行けって言っても行かなかったりするじゃないですか、そのころって。燃え上がっちゃうし。それで問題になったりもしてて……。

――……って、15歳で店を経営してたんですか!

塩谷:店もやってました。

――何の店ですか。

塩谷:バーです。金沢で。

――早熟すぎますよ!

塩谷:15ぐらいのとき、もう今とほとんど顔が変わらないから20歳って言って働いていて、そのころから付き合う人は大人の人が多かったです。もう40~50代ぐらいの、それこそ、ヤンチャなやつが好きな経営者とか、スポーツ選手とか、製鉄会社の会長さんとか……。

――そんなつながりがあったんですか(笑)。

塩谷:たまたま読んだ本の一文に、青島幸男さんが「政界を離れてバーテンダーをやっていた、そのときの経験が財産である」みたいことが書いてあったんです、それで僕は青島幸男さんにあこがれて、なんか凄くいいなと思って。

――で、俺もバーテンをやろうと思ったわけですか。

塩谷:そこに真実があるんだ、って感じました。 14の頃、バーでバイトして、順調に店が売り上げのばして、良い空気が出来てきて、若手のエースみたいな感じになった時にグループの会長さんに気に入られ て、飯を食いに行こうって誘われて、話しているうちに、凄く盛り上がって、それで、素直だから全部言っちゃった。「あれっ、おまえ、何歳だ?」 みたいなことになって(笑)。「14です」って言ったら、「おまえ、もう駄目だ。出て行け」ってなって。ちょうどその人が前年ぐらいに、未成年を使ってパクられたらしいんですよ。それでトラウマがあったから、辞めろと言われたみたいで。

  • 前のページ
    • 1
    • 2
  • 次のページ
NEWSポストセブン

トピックスRSS

ランキング