村田兆治氏 「川崎球場は今思い出してもとんでもない球場」

NEWSポストセブン / 2012年9月5日 7時0分

 今はなき昭和の野球場をたどるこのコーナー。今回は、かつてロッテ・オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)が本拠地を構えていた川崎球場の思い出を、当時のエース・村田兆治氏が振り返る。現在の千葉ロッテの本拠地・QVCマリンフィールドには連日多くの観客が訪れているが、当時の川崎球場は常に閑古鳥状態。村田氏はこう語る。

 * * *
 大変な球場でしたよ。汚い、(ヤジが)キツイ、(打たれると狭いから)危険という、「3K球場」でした。ロッカールームの湿度が高いので、落合(博満)はロッカーにバットを入れなかったし、ボクも予備のグラブを自宅に持ち帰っていましたね。カビが生えるから。

 観戦する側としては、この球場ほどプロ野球の醍醐味を味わえる場所はなかったと思う。ブルペンがスタンドから間近に見ることができるから、ブルペンキャッチャーのミット音が響き、プロの投手の球がいかに速いかが伝わる。投手が打たれるとブルペンが慌ただしくなるなど、ベンチ裏の雰囲気も伝わってくる。選手たちの息遣いが聞こえる球場でしたね。

 当の選手は苦労していましたよ。特に投手は、外野に膨らみがないから失投が本塁打になってしまう。気まぐれな浜風に乗ってよく飛ぶんです。グラウンド自体が狭いから、ファールで打ち取ったはずが、スタンドに入ってバッターにもう1回チャンスを与えてしまう。仕切り直しした球が本塁打、なんてこともよくありました。

 だからこそ1球も気を抜けないし、配球やコースなどを意識しました。風を読み、打者心理を読んで配球を組み立てる。投手能力を磨かせてくれた球場でしたね。

 打ち取るにはインコースの厳しいところに投げなければならない。少しでも甘いと本塁打になるし、厳しすぎるとデッドボールになる。ぶつけたら、相手が報復してきていました。西武の東尾なんか、頭に投げてきましたからね。するとベンチから監督が飛び出して乱闘になる──今思い出してもとんでもない球場でしたね(笑い)。

※週刊ポスト2012年9月14日号



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