「代理出産」から16年、高田延彦&向井亜紀の双子の子が米へ

NEWSポストセブン / 2019年8月29日 11時0分

出産会見で喜びの表情を浮かべる高田と向井(2004年1月15日)

 照りつけるような太陽に、カラリとさわやかな風。8月中旬でも、ジメジメとした日本の夏とは違い、のんびりとした空気が流れている。

 アメリカの風光明媚な海岸線から車で数十分ほど離れると、住宅地に出る。その一角にある高校は寮を備え、留学生も学びやすいという。

 その平日は、高校に新入生が初登校する日だった。校舎に吸い込まれていく生徒の中に、高田延彦(57才)と向井亜紀(54才)の双子の長男・万里くん(15才)の姿があった。

「入学するには特別に高い英語力が必要なわけではありませんが、相応の学力と規律正しい生活態度が求められる。アットホームな雰囲気が特徴的な校風で、卒業する頃には“ファミリー”のような関係になります」(現地の教育関係者)

 同校の校長はこう話す。

「バンリ・タカダは今春、両親と学校に来て、面接のみの入学試験を受けました。友人家族の紹介もあったそうです」

 ただ、記念すべき入学の日に、両親の姿はなかった。高田家の知人はこう話す。

「代理母の出産で、あれだけ世間の注目を集めた双子ですから、本人たちが変に意識しないで伸び伸びと生活できるように、ご両親は本当に慈しんで育ててきました。ただ、出産の経緯もあり、2人は『日本国籍』だけでなく、『アメリカ国籍』も持っています。お子さんたちはともに、高校進学を機に両親が暮らす日本を離れ、“産みの母”の母国アメリカで暮らすことを選んだようですね」

 一体、家族の間に何があったのか──。

 1994年に高田と結婚した向井は、2000年9月に妊娠と子宮頸がんが同時に発覚し、同年11月、子宮の全摘出手術を受け、胎児も失う悲しみを味わった。出産ができない体になった向井は、戸惑いから高田に離婚を持ちかけたこともあった。

 しかし、向井は「愛する人の遺伝子を残したい」と、2002年から代理出産に挑み始める。2度の失敗を経て、3度目の挑戦で妊娠に成功。2003年11月、当時31才のアメリカ人のシンディ・ヴァンリードさんが代理母として、アメリカで双子を出産した。

 翌年1月、帰国したふたりは満面の笑みで会見を開いた。双子の写真を掲げ、《万里 結太》の名前を書いた色紙を披露した。

 夫妻の逡巡と決断や、母体になる母親のリスクなどが話題になり、日本中の注目を集めて誕生したベビーだった。

「夫婦には大きな“法的な壁”がありました。日本の法律では『出産した女性』しか母親とは認められず、向井さんのケースでは、出産したシンディさんが実母であり、生まれた子供たちの国籍もアメリカでした」(全国紙社会部記者)

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