日本シリーズ、原監督と工藤監督と阿部慎之助それぞれの因縁

NEWSポストセブン / 2019年10月18日 16時0分

1987年、巨人と西武の日本シリーズ。工藤公康投手はMVPに輝いた(写真:時事通信フォト)

 今年の日本シリーズでは、巨人とソフトバンクが19年ぶりに対戦する(2000年はソフトバンクの前身であるダイエー)。前回の2000年はジャイアンツ・長嶋茂雄監督とホークス・王貞治監督という“ON対決”に注目が集まった。

 今回は、当時巨人のヘッドコーチだった原辰徳監督、巨人のエースだった工藤公康監督が両チームの指揮を揮う。野球担当記者が話す。

「原辰徳は現役時代、日本シリーズに6回出場し、そのうち4回、西武と対戦しています。4番として出場した1983年、1987年、1990年は西武に敗れました。その時に立ちはだかったのが、工藤公康でした」(以下同)

 工藤は高卒2年目の1983年こそ第2戦にリリーフ登板しただけだったが、シーズン15勝を挙げて最優秀防御率を獲得して臨んだ1987年は2戦目に完封勝利、5戦目は9回途中からマウンドに上がってセーブ、6戦目は1失点完投勝利と、2勝1セーブで文句なしのMVPに輝いている。1990年は2戦目に先発し、4回途中でノックアウトされたが、西武は4連勝で巨人を撃破した。

 日本シリーズでの原の工藤との対戦成績は16打数3安打。打率1割8分8厘、1本塁打、2打点という成績が残っている。原が抑え込まれたイメージが強いが、1994年の第2戦では初回に両チーム通じて唯一の得点となるタイムリーを放っている。このシリーズでの工藤は2戦、6戦に先発して好投したものの、チームは0対1、1対3で敗れ、日本一を逃した。

「その工藤も、1999年オフにFAでダイエーから巨人に移籍。2000年にはダイエーを倒して、巨人を日本一に導きました。その年のドラフトで阿部慎之助が巨人に入団しています」

 2001年、入団1年目から阿部は開幕スタメンに名を連ね、レギュラー捕手として127試合に出場した。しかし、チーム防御率はリーグワーストの4.45。巨人は連覇を逃した。この年、ケガで1年をほぼ棒に振った工藤とともに、阿部のリード面を批判する声も出ていた。

「阿部の2年目以降、英才教育を施したのが工藤でした。キャンプ中にはブルペンで、キャッチングについて『ハッキリ意思表示しろよ!』と怒鳴ったり、オープン戦ではサインの半分以上に首を振ったりするなど鍛えまくった。その甲斐もあってか、阿部はリード面でも成長し、2年目の2002年はチーム防御率もリーグ1位の3.04に上昇。阿部は今でも感謝しているはずです」

 この年、工藤は就任1年目の原監督の元で9勝を挙げて日本一に貢献。日本シリーズでも、第3戦に先発して8回を投げて勝利投手になった。

 2003年限りで原監督の第1次政権は終了。2006年から第2次政権が始まるが、工藤はケガなどで13試合しか登板できず、3勝に終わった。この年のオフ、FAで巨人入りした門倉健の人的補償として横浜に移籍。ここで、指導者・原辰徳と選手・工藤公康、投手・工藤と捕手・阿部慎之助の関係性は終止符を打った。

 かつて選手として日本一を争い、監督と選手として日本一に輝いた経験もある原と工藤が今度は別チームの指揮官として覇権を目指す。今年限りで引退する阿部慎之助は、師匠である工藤と、選手と敵チームの指揮官として相対する。因縁の日本シリーズは10月19日に開幕する。

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