新潮社の元名編集者 53歳で新潮社から小説家でデビュー

NEWSポストセブン / 2012年10月31日 16時0分

【著者に訊け】松家仁之氏著/『火山のふもとで』/新潮社/1995円

 俄かに乾いた外気が肌にさみしい、秋の夜長にしっとり味わいたい小説だ。描かれるのは〈夏の家〉。軽井沢に程近い、通称〈青栗村〉の夏である。浅間山を望む山荘に、東京・北青山の〈村井設計事務所〉は毎年夏になると機能を移転し、新人所員のぼく〈坂西徹〉も、今年は初めてここの住人となった。

 所長である先生〈村井俊輔〉は、帝国ホテルの設計で知られるフランク・ロイド・ライトにかつて師事し、長年事務長を務める〈井口さん〉はこの事務所をライトの没後も活動をつづける「タリアセン」のようにしたいらしい。

 夏の夜に薪をくべ、皆で語らう時間は、静かでいてとても親密だ。先生はいつも大切なことだけを言葉少なに話し、それはそのまま、理に通じながら住まい手の暮らしになじむ、先生の建築に似ていた――。

 松家仁之氏の初小説『火山のふもとで』にも同じことが言えよう。大仰な物語の展開があるわけではない。が、その端正な一字一句を追う時間が心地よいのである。カバーに〈小説を読むよろこび〉とあるが、まさにそうとしか言いようがない。小説が、ここまで人を幸せにするものなのか。

 松家氏は53歳。遅いデビューだが新潮社『考える人』等の名編集長として、その手腕はつとに知られてきた。一昨年退社し、10年来構想を温めてきた本作を「クレイアニメ」さながらに書き上げていったという。

「登場人物や情景を一つ一つ描かないことには自分の中に物語が立ち上がってこないんです。そのとき誰がどんな風に動いて、暖炉では薪がどう燃えているか。森にはどんな鳥が鳴き、その声を誰がどんな音として聞いたか。空間を構成するモノや音や匂い、その変化を、コマ撮りするように言葉にしていきました。建築の話なのに、設計図はなかったんです(笑い)」

 浅間山が10年ぶりに噴火した1982年。大学卒業を前に進路を決めかねていた徹は、尊敬する村井俊輔のもとをダメもとで訪れ、意外にも採用される。村井事務所では既に所長が70代とあって新規採用を控えていたが、このほど〈国立現代図書館〉の設計競技に参加が決まり、その要員に採用されたのだ。

 自らをいたずらに主張することなく景観と調和し、日本の伝統と西洋的合理性が同居する先生のデザインは、ひと回り上の先輩〈内田さん〉によれば〈ようするに先生の設計っていうのは、含羞なんだよ〉。クライアントに対しても情緒的な言葉を使わず、理屈を具体的な形にしてみせる先生の作品には〈無言で人を受け入れる親密な空気が漂っていた〉。

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