強すぎた日本代表の悲劇、ノルディック&ジャンプでルール変更

NEWSポストセブン / 2020年3月29日 7時5分

長野五輪では団体金メダルを獲得(時事通信フォト)

 スポーツなら強い選手は賞賛すべきだし人気も集まるだろうと思うと、そうでもないことがある。強すぎる選手への反発から、逆に人気が出ないこともあるのだ。その意見がときには競技そのものの行方を左右することもある。たとえば、強すぎる日本選手を“ターゲット”にしたようなルール変更が相次いだノルディック競技だ。

「ノルディックとは北欧の意味で、距離競技、ジャンプ競技、複合競技は北欧のスカンジナビア地方発祥の伝統ある競技。そのためか、欧州人に有利になるルール変更が繰り返され、日本選手は克服しようと苦労を続けてきた歴史がある」(スポーツジャーナリスト)

 ジャンプ競技では1972年札幌五輪で「日の丸飛行隊」が70m級の金銀銅を独占し、1998年の長野五輪では団体と個人ラージヒルの船木和喜が金メダルを手にした。

 しかし、長野五輪後にスキー板の長さが「身長×146%」と規定されるなど、小柄な日本人が長いスキー板を使えなくなった。ジャンプ競技は長く幅があるスキー板を使用することで揚力を得るが、ルール変更後に日本は低迷期に入った。

 クロスカントリーとジャンプを組み合わせて競うノルディック複合のチャンピオンは、欧州では「キング・オブ・スキー」と呼ばれる。

 前半のジャンプで得点を稼ぎ、後半の距離で逃げ切るパターンで、荻原健司はW杯で3季連続総合王者となり、1992年、1994年の冬季五輪で日本が団体の金メダルを獲得した。

 だが、黄金時代は長く続かず、「前半のジャンプの比重が軽くなるルール変更が繰り返され、日本勢の成績も落ちた」(同前)のである。

※週刊ポスト2020年4月3日号

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