五輪延期の懸念材料多数、パラ選手に「病気の進行」懸念も

NEWSポストセブン / 2020年5月31日 16時5分

田中選手は「テコンドーはもともと競技人口が少なく、遠征して試合ができなくなるのは大きな痛手」と語った(写真/本人提供)

「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち克った証として、完全な形で開催する」(安倍晋三首相)
「安全な東京五輪は可能だが、容易ではない」(WHO・世界保健機関)
「東京五輪を再度延期する『プランB』はない。2021年の開催が無理ならば中止する」(IOC・国際オリンピック委員会)

 1年延期、それが無理ならば中止する──刻一刻と変化する新型コロナウイルスの感染状況を受け、世界的なスポーツの祭典も苦渋の選択を迫られた。

 ウイルスという、どんなに練習を積んでも、どこまで体を鍛えても決してコントロールすることはできないものに侵食され、4年に1度、あるいは一生に一度の晴れ舞台が大きく後ろ倒しになった。最悪のケースでは開催すら危ぶまれる状況で、五つの輪をめざして走り続けてきたアスリートは突然途切れてしまった滑走路の前に立って何を考え、日々をどう生きているのか。

◆マラソンの40km地点で「ゴールをあと10km延ばす」と言われるようなもの

「1年の延期」──そもそもこの事実は選手たちにとって何を意味するのだろうか。スポーツライターの玉木正之さんが指摘する。

「ある五輪経験者は、マラソンを走っていてようやく40km地点まで来たところで、『ゴールを10km延ばしてください』と言われるようなものだと話していました。やっと終わりが見えてきて、ラストスパートをかけ始めるなかで、急に距離が延びる。想像を絶する苦しさです」

 東京五輪をめざして何年も歯を食いしばり、あと4か月あまりに迫った時点で突然、延期したことを実際のアスリートはどう受け止めたのか。

「“オリンピックって延期になるもんなんだ”とまずは驚きました」

 そう語るのは、フェンシングの三宅諒選手(29才)。2012年のロンドン五輪男子フルーレ団体で銀メダルを獲得した三宅選手は、東京五輪に出場するための選考試合の準備を重ねるさなかに、延期決定の知らせを受けた。

 

「最初に驚いたのちに、喪失感と不安感が湧いてきました。『いままでやってきたことはどうなってしまうのか』『1年後の自分はどうなるんだろう』と心に暗雲がどんどん立ちこめてくる。4年に1度、当たり前にやってくると思っていた大会が心の準備もないまま、いきなり消えてしまうことは、恐ろしいくらいの喪失感です。同じくらいの時期に志村けんさんが亡くなりましたが、そのときと同じような、絶対に失わないだろうと思っていたものがなくなってしまう苦しさを味わいました」(三宅選手)

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