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落語ファンだから楽しめる仕掛けが随所にある作家・愛川晶のミステリ

NEWSポストセブン / 2021年2月24日 16時5分

推理作家の愛川晶には寄席の世界を題材にした落語ミステリが多い(イラスト/三遊亭兼好)

 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、1994年に『化身』で第5回鮎川哲也賞を受賞し小説家デビューした作家・愛川晶による、寄席の世界を題材にした落語ミステリについてお届けする。

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 推理作家の愛川晶には寄席の世界を題材にした落語ミステリが多く、最新作は文庫書き下ろし『芝浜天女』(中公文庫)。八代目林家正蔵を探偵とする「高座のホームズ」シリーズの第4弾で、解説は僕が書いた。

 愛川の落語ミステリには他に「神田紅梅亭寄席物帳シリーズ」「神楽坂倶楽部シリーズ」がある。中でも「神田紅梅亭寄席物帳シリーズ」は彼の落語ミステリの原点ともいうべきもので、第一作品集『道具屋殺人事件』は2007年に刊行された。解説を書いたのは当時二ツ目の鈴々舎わか馬。今の柳家小せんである。

「神田紅梅亭寄席物帳シリーズ」第二作品集『芝浜謎噺』(2008年)所収の短編『野ざらし死体遺棄事件』では、後半を作り変えた『野ざらし』が語られる。この執筆に当たり、愛川は自分のアイディアが現実に通用するものか、実際の高座でわか馬に演じてもらった。以降わか馬は『夜鷹の野ざらし』としてこれを得意ネタとし、小せん襲名後も演じ続けている。1月の「春談春」にゲスト出演した時のネタもこれだった。

 従来の『野ざらし』では骨に酒を掛けた八五郎の独り言を聞いた野だいこが祝儀目当てで長屋を訪れ「新朝というタイコです」と名乗り、「新町の太鼓? しまった、あれは馬の骨か」でサゲ。これは新町に太鼓の店があったこと、太鼓には馬の皮が用いられたことに掛けているが、多くの演者はこのサゲまで演らず、八五郎が釣り人たちに迷惑を掛けまくったところで終える。

 だが『夜鷹の野ざらし』は後半にこそ意味がある。冒頭の「隣家の尾形清十郎を幽霊が訪れた」という話の謎解きがなされるからだ。

『夜鷹の野ざらし』で、八五郎の独り言を聞くのは野だいこではなく年老いた夜鷹(下級娼婦)。この夜鷹は前夜の幽霊と同じ身なりで厚化粧を施し、八五郎宅に押し掛けてあわよくば居座ろうと企む。八五郎は前夜に隣家を訪れた娘の幽霊と思い込んで迎えるが、顔を見ると醜い老女。悲鳴を上げて飛び出すと、外から戸を打ちつけて隣家へ転がり込む。そこには尾形清十郎と前夜の若い娘が。その正体は尾形の隠し子。だが八五郎は閉じ込めたはずの幽霊が抜け出したのだと思い、「しまった、壁の穴を忘れてた」でサゲ。

 この演出は、小説の冒頭で落語に無知な役者が発した見当違いな『野ざらし』批判を真っ向から打ち破りつつ、作中で起こった事件に密接に関わっている。愛川晶の落語ミステリには、こうした「落語ファンだからこそ楽しめる」仕掛けが随所に仕込まれている。落語ファンが読まないのは、あまりに勿体ない。

【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。2020年1月に最新刊『21世紀落語史』(光文社新書)を出版するなど著書多数。

※週刊ポスト2021年2月26日・3月5日号

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