1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. スポーツ
  4. スポーツ総合

G馬場から小橋建太への言葉「客はお前を観に来てるんじゃない、休め」

NEWSポストセブン / 2021年6月27日 16時5分

小橋建太が“師匠”からの箴言を振り返る(C)Fortune KK

 プロレスラーの夢を捨てきれず、2年近く勤めた京セラを退職し、1987年6月に全日本プロレスに入団した小橋建太(54)。ジャイアント馬場の付き人を経て中心選手となり、三冠ヘビー級王者をはじめ数々のベルトを巻いた。その小橋が、“師匠”である馬場からかけられた印象深い言葉を振り返る。

 * * *
 馬場さんの付き人になったのは、先輩レスラーのハル薗田さんが事故で亡くなった時に、当時の付き人が押しかけた取材陣に対処できなかったことがきっかけ。先輩たちに「お前が付き人をやれ」と指名されたんです。

 ところが翌日、馬場さんの部屋に挨拶に行くと「誰が言ったんだ? 俺はお前が付き人だとは認めん。帰れ!」と怒鳴られてしまった。翌朝、ホテルのロビーで馬場さんを待ち、「お早うございます!」と挨拶しても無視され、以降まともに口をきいてもらえない時期が続きました。きっと、勝手に付き人を替えられたことに怒っていたんでしょうね。

 それでも40キロくらいある鞄を持ったり、洗濯したり、付き人としての作業はしていました。馬場さんの場合、ホテルのベッドメイクも付き人の仕事です。ホテルに用意してもらったビールケースを足のほうに積み上げてサイズを調整し、枕も4つ用意するのが“馬場さん仕様”でした。

〈まともに口もきいてくれない馬場との関係が大きく変化したのは、1988年2月にデビュー戦を終えた後のことだ〉

 試合後、「デビューしました。ありがとうございます」と挨拶に行くと、馬場さんが「屋上のレストランで待ってるからな」と誘ってくれたんです。メニューを渡され、「好きなものを頼め」と言われていろいろ注文しましたが、緊張で何を食べたのかは覚えていません。ただ、「よう頑張ったな」と言ってもらった時は、入門からの苦労が全部洗い流されたような気持ちでした。

 とくに印象に残っているのは、「プロレスラーは怪物であれ。でもリングを降りたら紳士であれ」という言葉です。

 リングに上がるためのトレーニングや心構えは、普通の人間ではなく“怪物”でなければいけないというのです。

 でも、デビューからまだ1年半の頃、試合前の練習で膝を怪我し、歩けなくなった時は、「今日は休め」と言われました。「休め」「いや出ます」と押し問答していると、とうとう馬場さんが「俺が休めと言ってるんだから休め!」と怒りだし、こう諭されました。

「今日来てくれているお客さんは、ジャンボ(鶴田)、天龍、タイガーマスク(三沢光晴)を観に来てるんだ。お前を観に来てるんじゃない。だから休め。だが、お前がトップに立った時には、もう休むことはできないんだ」

 悔しかったですね。

 それからキャリアを積み、全日本プロレスの四天王と呼ばれるようになった頃、スタン・ハンセンとの試合で、椅子で殴られて腕を22針縫う大怪我をしました。

 病院で腕を縫ってホテルに帰ると、馬場さんが葉巻を吸って待っていました。「ご迷惑をおかけします」と挨拶すると、馬場さんがニコッと笑ったんです。僕は休む気はないし、馬場さんも休ませる気はない。言葉を交わさなくとも、アイコンタクトでわかりました。トップの一員として認めてくれたんだと思い、本当に嬉しかった。

※週刊ポスト2021年7月2日号

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング