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バブルの売り手市場でご結婚を選んだ紀子さま 同世代女性が感じた意外性

NEWSポストセブン / 2021年7月13日 11時5分

就職せずにご結婚された紀子さま(写真/宮内庁提供)

 コロナ禍による重苦しい空気が漂う今では想像もできないほど、世の中が浮かれていた1980年代後半のバブル経済期。夜の街は大勢の男女で賑わい、一万円札をヒラヒラさせてタクシーを止める時代。車で女性を送り迎えする「アッシーくん」、食事をおごる「メッシーくん」が登場し、女性は高学歴・高収入・高身長の「3高」の男性を追い求めた。世代的にバブルを享受した財前直見(55才)はこう語っている。

「当時はブランド品をプレゼントしてくれて、高級車でドライブに、果ては海外旅行に連れて行ってくれるお金持ちがよくモテました。とにかくみんなステータスを見ていたかな(笑い)」(財前)

 やがてバブル景気はピークを越えて、時代は徐々に下り坂に入っていく。1989年1月には、闘病生活を続けられていた昭和天皇が崩御され、日本中が沈痛な雰囲気に覆われた。

「昭和天皇の崩御は、私の人生のなかでも印象に残っている大きな出来事です」と振り返るのは漫画家の西炯子さん(54才)だ。

「私の祖父宅は、居間に天皇ご一家の写真が飾ってあって、祝日に日章旗を立てていました。田舎はそういう家が多かったと思います。

 毎年お正月に新しい写真に取り換えるので、天皇ご一家も毎年、年を取られていくんです。例えば、紀宮さま(黒田清子さん)は中学校にご入学されるくらい大きくなられたんだなあ、とか。そのせいか、天皇ご一家にはとても親近感がありました。

 昭和天皇は、『日本』という大きな共同体の父親という印象でしたね。だから、崩じられたときには悲しかったですし、ひとつの時代が終わってしまったという喪失感がありました」(西さん)

 時代が昭和から平成にうつって8か月が経過した1989年9月、日本全土を揺るがす大きなニュースがあった。秋篠宮さまと紀子さまの婚約内定である。

 紀子さまは、「丙午」(ひのえうま)である1966年生まれだ。当時はまだ丙午の迷信も根強く、1966年の出生数は少なかった。1966年の日本全国の出生数はで約136万人で、1965年の約182万人、1967年の約194万人と比べて、かなり少ないことがわかる。

 男女雇用機会均等法の施行後、紀子さまは大学を卒業される。バブル経済と丙午の影響による出生数の少なさもあいまって“売り手市場”であったが、学習院大学大学院に進学して、そのまま25才の若さでご結婚された紀子さま。その選択は、同じ年に生まれた丙午の女性には、実は意外なものだったといえる。翻訳家として活躍する池田真紀子さん(54才)はこう言う。

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